埼玉栄高の若生監督が勇退 11年春、九州国際大付高で準V

埼玉栄高の監督退任を発表し、花束を贈られる若生正広氏(右)。左は、九州国際大付高時代の教え子で現在日本ハムでプレーする清水優心捕手の母寛子さん
埼玉栄高の監督退任を発表し、花束を贈られる若生正広氏(右)。左は、九州国際大付高時代の教え子で現在日本ハムでプレーする清水優心捕手の母寛子さん
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 東北高(宮城)や九州国際大付高(福岡)を指揮して高校野球の甲子園準優勝に導き、2015年から埼玉栄高を率いてきた若生正広監督(68)が勇退することが5日、同高から発表された。今後は総監督としてチームをサポートする。甲子園に春夏通算11度出場し16勝を挙げた。

 宮城県出身の若生氏は1987年に埼玉栄高の監督に就任し、東北高ではダルビッシュ有(米大リーグ、カブス)を擁した2003年夏に甲子園準優勝。九州国際大付高では三好匠(楽天)-高城俊人(オリックス)のバッテリーで臨んだ11年春に準優勝を飾った。この日の会見で若生氏は「東日本大震災の直後に準優勝し、仙台に帰省したときに地元の方々から『ありがとう』と言葉を掛けられたことが忘れられない」と振り返った。

 07年に黄色靱帯(じんたい)骨化症を発症するなど難病と闘いながら球児を指導し、15年からは埼玉栄高に戻って指揮を執った。「以前から(指導は)70歳ぐらいまで、と考えていた。潮時かと思った」と若生氏は笑顔で振り返った。後任監督には13年から1度監督を務めていた山田孝次部長(35)が就く。

=2019/04/06付 西日本スポーツ=

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