故障にもあきらめなかった 福田一仁左翼手(波佐見)

西日本新聞

福田一仁左翼手 拡大

福田一仁左翼手

 一回2死一、二塁。左翼線を襲った打球を捕球すると思い切り左腕を振った。だが「反応が遅れた」。走者2人が帰り、格上相手に2点を追う展開になった。

 何度も野球をあきらめかけた。小学3年で硬式野球を始め、6年の秋に右肘が悲鳴を上げた。軟骨が削れ、曲げ伸ばしができなくなった。成長期で手術もできず、野球を続けるには利き腕を変えるしかなかった。

 最初の1年はキャッチボールもままならず、「ボールを握るのが怖かった」。心の支えと参考書代わりにしたのが、漫画「メジャー」だ。ケガで利き手を変えた主人公がメジャーリーガーになる物語。左手で文字を書いたり、ボタンを留めたり。自身と重ね合わせ、できることは実践した。

 高校入学後、利き腕で勝負するライバルをよそに「左の方が投手は有利」と言い聞かせ、最速137キロを投げるまでに成長した。だが、左肘の故障もあり、最後の夏に登板機会はなかった。「迷惑ばかりかけた」。試合後、おえつが止まらなかった。

=2015/07/24付 西日本新聞朝刊=

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