名将 最後の夏 高輪 初V挑む 延岡出身・甲斐監督来春退職

西日本新聞

真剣な表情で試合を見つめる高輪の甲斐修二監督(左) 拡大

真剣な表情で試合を見つめる高輪の甲斐修二監督(左)

 最後の夏を迎えた名将に悲願のタイトルを贈る。昨年ベスト8の高輪は、3回戦を不戦3人、4回戦を不戦2人で快勝。「玉竜旗で悔しい思いをしてきた監督を、地元の九州で最後に胴上げしたい」。大将の新名敬介(3年)は、宮崎県延岡市出身で来年3月に定年退職する甲斐修二監督(59)を思い、言葉に力を込めた。

 甲斐監督が率いる高輪は全国総体で3度の優勝を飾るなど全国にその名をとどろかせた。だが玉竜旗では2006、13年の準優勝が最高。甲斐監督は「参加チームが多く、やすやすとはいかない大会。(この日も)思い切りが足りない。うかうかしていたらやられる」と難しさを口にする。

 熱意と人とのつながりでチームを強豪に育てた。1978年に就任すると、各地の道場に出向いて頭を下げ、一緒に練習させてもらうなどしてチームを強化。その姿勢が信頼を得て、次第に有力選手が集まるようになった。新名と重黒木亮介(3年)の父は、ともに宮崎県出身で甲斐監督とは知り合い。その勧めもあって息子は高輪を選んだ。「中心がぶれない高輪の剣道に憧れ、先生に教わりたいと思った」と新名は振り返る。

 甲斐監督の退職とともに剣道部は本格的な活動を終える。中高一貫校でスポーツ推薦のみ高校からの入学が認められてきたが、学校の方針転換で現3年生8人がこの制度で入学した最後の生徒たちになる。計5人いる1、2年生の部員は勉学優先で、部活動は週2、3日。現実的には今年が日本一のラストチャンスだ。「最後に高輪の力を見せたい」と甲斐監督。あと少しで逃してきた頂点に向け、意気込んだ。

=2015/07/29付 西日本新聞朝刊=