松坂現役続行 10年ぶり日本登板1回5失点

西日本スポーツ

 「平成の怪物」が一からの出直しを宣言した。福岡ソフトバンクの松坂大輔投手(36)が10年ぶりに日本で1軍登板。今季チームの最後の投手としてマウンドに上がったが、4与四死球と制球が定まらず1回5失点(自責点2)と大炎上した。来季は3年契約の最終年。クライマックスシリーズ以降のポストシーズンでの戦力外を通告された右腕は「また筑後で頑張る」と背水の決意を口にした。

 ■打者10人に39球

 ストライクが入らない。いとも簡単に打ち返された。1回3安打、4与四死球で5失点。うつむきながらベンチに戻る松坂に拍手が注がれた。10年ぶりの日本球界のマウンド。結果は伴わなかったが、右肩手術や度重なるけがを乗り越えての復活登板を、自分なりに前向きに受け止めた。

 「緊張感はもちろんあった。結果は自分が望むものではなかったけど、良くても悪くても投げることができて良かった。しっかりと結果と内容を受け止めて、これからどうするかを考えて、また(ファームの)筑後で頑張ります」

 出番は今季最終戦、2点を追う8回。結果的に今季最後にマウンドに上がった投手となった。先頭の9番嶋には全て直球の5球目で四球。ここから制御不能に陥った。ボールを次々に引っ掛け、一度もバットを振らせないまま4連続四死球の12球で1失点。暴投に3者連続安打と見るも無残な姿をさらした。最速144キロ。39球を費やし、打者10人でようやく終わった。

 ここまでの道のりを「やっぱり長かった」と振り返った。右肩にメスを入れたのは昨年8月18日。米国時代の2011年に右肘の手術も受けており、進退をかけた苦渋の決断だった。若いときから酷使してきた右肩の骨を削った。あと少し判断が遅れていれば骨片が欠け、致命傷となっていた恐れもあった。

 手術後は米国でリハビリを進め、今春のキャンプ直前に日本に戻った。既にブルペン投球も再開していたが、首脳陣と一つの約束をした。「ブルペンでの連投禁止」。投げることで状態を上げる右腕にとっては我慢の日々だった。軌道に乗りかけても指のしびれや腰痛で足踏みし、1軍への最終テストと位置付けた9月10日の2軍戦は尻の張りで降板。近い関係者には「今年も終わった」と漏らした。36歳になった同13日には太宰府天満宮へ足を運び神頼み。V逸が決まった28日からは禁を破ったかのように3日連続ブルペン入りした。「ずっと上で投げることを考えてやってきた」。思いは届いた。しかし現実は甘くなかった。

 ■CS登板は消滅

 試合後、監督室に呼ばれた。約5分。工藤監督にはポストシーズンでの戦力外を告げられた。その上で「(自分も)ボコボコに打たれて2軍に行ったこともある。落ち込むより反省して次に生かすか。くじけないで前を向いてやっていけるか」と語りかけられた。

 松坂は言った。「監督のお言葉でしっかり前を向いてやっていくしかないと思い直した。いきなりは無理だけど…。自分の中で受け止めて消化していくのは時間はいる。その間も何もしないわけじゃない。また筑後で来年に向けてしっかり一からつくり上げる」。来季は3年契約の3年目。真の復活へ、厳しい道でも前に進むしかない。 (小畑大悟)

=2016/10/03付 西日本スポーツ=

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