岡本救った1回ピシャリ2K 連敗ストップの立役者

西日本スポーツ

 同期入団の無念を背負う16球だった。3-1の6回無死一塁。危険球退場した森に続き、岡本がマウンドに上がった。まずは山本を内野ゴロで打ち取り、迎えたのは坂本勇とマギーの3、4番コンビ。ともにスライダーで空振り三振。まさに好救援。大きくガッツポーズした。「開き直り、というか…。準備は完全にはできていなかったけど、自分がやってきたことを信じて投げた」。グラウンドに残る騒然とした雰囲気に流されなかった。

 森が6回先頭の陽岱鋼の側頭部に死球。陽が激高し、両軍ベンチから監督やコーチ、選手が飛び出す騒ぎとなり、警告試合が宣告された。岡本はブルペンで立ち投げだけを済ませ、マウンドへ。「7、8球投げただけだけど、肩はできていた」。結果は三者凡退。東京ドームでは、昨季1試合、さらに社会人の新日鉄住金かずさマジック時代の2013年、都市対抗野球で登板したことがあり、「マウンドの感じは悪くない。中継ぎなら、こんな出番はあるもの」。主導権を渡さなかったマウンドに工藤監督は「本当によく投げてくれた。あそこがキーだった」と絶賛した。

 ■森から「ごめん」

 プロ2年目の2015年には右肘を手術し、シーズンをほぼ棒に振った。同期入団の森は、毎年50試合以上に登板。「追い付きたい」という思いを持ち続けてきた。信念は、自分で決めたことを継続すること。神戸国際大付高(兵庫)2年の3月。出場が決まっていたセンバツ開幕まで1カ月を切っていたとき、急性腰痛を起こした。

 合宿所のベッドで朝起きたら体が動かない。その日はベッドで横になって過ごした。天井を見つめるだけ。その絶望感は忘れられない。再発防止には体幹を鍛えるしかないと、医者に言われた。「他の人よりも体幹を鍛える」。継続し、レベルアップにつなげた。

 降板後、森が「ごめん」と謝った。「2軍で僕も危険球退場したことがある。気持ちは分かる」。先発中田が5回を投げきれずに降板し、救援陣が必死につないだ。岩崎、サファテに橋渡しした背番号48が、連敗ストップの立役者となった。 (谷光太郎)

=2017/06/16付 西日本スポーツ=

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