ソフトB達川ヘッドが明かす「炎のストッパー」津田の素顔 一度だけ聞いた弱音

西日本スポーツ

【達川ヘッドの今昔物語】

 今季からスタートし、大好評をいただいている達川光男ヘッドコーチ(61)のコラム「今昔物語」-。前回まさかの「最終回宣言」が飛び出したものの、多くのアンコールに応えての第4回です。今回の話題は24年前の夏につらすぎる別れとなった「炎のストッパー」の素顔と思い出。そして投手陣の多くの言葉に支えられた自身の現役生活を振り返りながら、珍しく!?真面目に、昔と今を紡いでいきます。最後にちょっとだけ、契約更改の(秘)交渉術も…。

 西スポ読者のみなさん、どうも達川です。早いものでこのコラムも4回目じゃの。前回で一応、最終回にさせてもらうということを伝えとったんじゃけど、「アンコール」がたくさん届いたと記者さんから言われたもんじゃけえ。それはワシもうれしいし、そう思ってくれる読者がいる限りは続けんとな。ただ、ワシの面白い話を期待してくれる方がほとんどじゃと思うんやけど、今回は真面目な話をさせてほしい思うとるんじゃ。たまにはそういう回があってもええじゃろ。配球もそうじゃけど、何事も「緩急」いうもんは大事じゃからな。

 交流戦を最高勝率で終えて、先週の仙台での楽天戦でも勝ち越して今4連勝中と、チームはいい状態じゃと思うよ。で、早速今回のことわざなんじゃけど「寸土力耕(りきこう)、力耕我を欺かず」ということ。たとえ小さな土地であっても、力を込めて耕せば、そこでの実りは耕した人を欺かないという意味よ。いまの成績は、それぞれが自分の役割いうんかの、コツコツと自分の力を尽くしてくれているおかげじゃと思う。この言葉がピタリとはまるチームになってきている思うから、秋にはきっといい実りがあると信じとるよ。

 ただ昔から「夏を制するものがペナントを制する」とか、わしらの時代は「8月を制するものが…」とよく言われてきた。交流戦とかもあって、昔とは日程も変わってきているのは確かじゃけど「オールスター後からが本当の勝負」というのは、今も昔も変わらんと思うから気を引き締めていかんとな。オールスターにはワシも何度か出さしてもろうたけど、毎年この時期になると、つらいことを思い出すんよ。

 ■失敗しても「自分の責任」と言うてくれる

 もう24年も前になるか。1993年のオールスターの時じゃった。何度もバッテリーを組んだ津田(恒実、享年32)の訃報を聞いたんじゃ。先発で新人王を取り、その後は抑えとして「炎のストッパー」と呼ばれての。ワシも、ずっと一緒に戦い、ワシより若い選手の悲しい知らせに、ショックは計り知れんかったよ。思い出もたくさんあるんじゃけど、あいつは「弱気は最大の敵」という座右の銘を胸に刻んで毎回マウンドに登りよった。すごい球を投げるけど、心は優しくてみんなに愛される人間じゃった。相手を抑えるためには、絶対にマウンドだけでは「強気」でいかないかんと、毎回自分を奮い立たせよったんよ。

 そんな津田が、一度だけワシに弱音をもらしたことがあるよ。ある試合の後じゃった。「達川さん、抑えってつらいですね…」ってな。自分のその日の投球で、先発投手の白星を消してしまうこともある立場。ワシも「そんなこと言うなよ」と励ますのがやっとじゃったけど、それだけ抑えというのは精神的にもハードな立場ということをあらためてその時に学んだよ。

 よく「キャッチャーがピッチャーをうまく乗せる」みたいにいわれるけど、ワシはまったく逆じゃと思うよ。津田をはじめ、ワシもいろんなピッチャーからの言葉で成長させられたし、そのおかげで現役生活を全うできたと思うとる。津田はたとえ失敗しても「達川さんのサインはよかったけど、僕がそこに投げきれなかっただけ」と言うてくれた。そういう意味で、投げっぷりも含めて今のホークスでは岩崎がワシには津田にダブって見えるんよ。

 津田だけじゃなくてな、レギュラーに定着する前は同い年の大野(豊)が、好投してヒーローインタビューで「タツのリードがよかった。これならタツも古葉(竹識)監督に怒られないで済むと思う」と言うてくれての。そこからワシは正捕手に定着していけたんよ。今回サファテが通算200セーブを達成したけど、今のホークスの投手陣にもそういう雰囲気があるからこそ強いんじゃと思うよ。

 ■いろんなピッチャーに成長させられた

 ピッチャーからいろんな言葉を頂いたワシじゃけど、今でも一番強く心に残っている言葉があるんよ。もう不動の正捕手に定着している時じゃった。ある試合で、新美(敏)さんというベテランの投手の方にマウンドに呼ばれて怒られたんじゃ。アマチュアでもプロでも活躍された方じゃったけど、言い方は悪いけどその時はもういわゆる敗戦処理的な立場で投げておられた方でな。「おまえ、いいピッチャーのときは一生懸命やって、そうじゃないときはやらんのか」って激しい勢いで怒られたんよ。「敗戦処理のピッチャーのときこそ一生懸命やれ。おまえは俺が打たれても2軍に行くことはないけど、俺は即刻2軍に落ちる」。もう、自分が恥ずかしいを通り越して、大きな何かで強く頭をたたかれた思いじゃった。

 それからどんな試合、どんな状況、誰がピッチャーであろうと、常に同じ気持ちでプレーをしようと強く決意したんよ。いついかなるときでも、同じようにプレーする選手がいい選手なんよ。あの新美さんの言葉がなかったら、長く現役はできなかった思うし、本当に感謝しとるんよ。今も強く心に刻んどるよ。

 ちなみに、新美さんに怒られたのをきっかけにワシは自分で「キャッチャー防御率」いうのを付け始めたんよ。投手が誰であろうと、ワシがマスクをかぶったときの防御率よ。で、シーズンが終わって見てみたら、それがチーム防御率よりいいことが分かっての。「よし」と思ってそれを契約更改交渉に持っていったんよ。そしたら、年俸大幅アップよ。今回は笑いなしじゃからこの辺でやめとくけど、そこからワシの座右の銘は「平常心」に決まったんよ。いついかなるときでも平常心で臨むことは大事、ということで今回は締めとこうかの。 (福岡ソフトバンクヘッドコーチ)

 ◆達川光男(たつかわ・みつお)1955年7月13日生まれ。広島市出身。広島商高、東洋大からドラフト4位で78年に広島入団。攻撃的なリードと打者に話し掛ける「ささやき戦術」で正捕手として活躍した。現役通算成績は1334試合で打率2割4分6厘、51本塁打、358打点。ベストナイン、ゴールデングラブ賞を各3度受賞。92年限りで現役引退し、95年にダイエーでバッテリーコーチ。98年に2軍監督で広島復帰し、99、2000年監督。03年は阪神、14、15年は中日でコーチを務めた。野球解説者でも活躍。右投げ右打ち。

=2017/07/07付 西日本スポーツ=

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