SB達川ヘッドが高校球児だった44年前(後編)旅館のおかみさんが教えてくれたこと
【達川ヘッドの今昔物語】
■野球だけでなく心を鍛えた3年間
で、自慢じゃないんじゃけど、ワシが3年の時に広島商は春に準優勝、夏は優勝することができたんよ。輝かしいけど、簡単に優勝できたわけじゃないよ。今は水分補給の重要性は皆が知るところじゃけど、当時は「飲んだら疲れる」とかで水も飲ませてもらえんとか、理不尽なことばかりでの。練習で毎朝5時に出て、家に帰ったらテレビで深夜番組の「11PM(イレブン・ピーエム)」が始まっとったよ。今やれと言われれば、絶対できんよ。広島商は伝統的に精神野球がモットーでな。今は如水館(広島)の監督をされている迫田(穆成)監督の下、3年間、野球だけでなく心を鍛えたからこそ全国制覇ができたと今でも思うよ。だから今回は「礼儀は鎧(よろい)。礼儀は人を守る」ということわざと、もう一つこの言葉を紹介したいんじゃ。
「履物をそろえると心がそろう。心がそろうと履物がそろう。脱ぐときにそろえておくと、履くときに心が乱れない。誰かが乱していたら、黙ってそろえておいてあげよう。そうすれば、きっとチームの心もそろうでしょう。
■「広島商の教え」守れず事件 準決勝前日「広島に帰ろう」
あれは、夏の準決勝の前じゃった。もう今はその旅館はないんじゃけどな。広島商の当時の甲子園の宿舎で「事件」が起きたんよ。春も決勝までいったから、その旅館のおかみさんとは夏もよく話をしてたんよ。そしたら、そのおかみさんにこう言われたんよ。「達川君、春はみんな礼儀正しくて、あいさつもしっかりできて、すばらしい高校やなと思ったけど…。夏は少し乱れとるよ。履物もそろってないよ」。迫田監督の教えの下、礼儀やあいさつだけはしっかりしてきてたつもりじゃったんだけどな。最後の夏でもう終わりじゃし、3年生も下級生も慣れ合いになって、当たり前のこともできなくなったんやろうな。その瞬間、気の小さいワシは、平常心を失ってしまったんよ。
次の日は準決勝の前日練習じゃったんじゃけど。迫田監督もおそらく、障子越しにその話を聞いとったと思う。30分もしないうちに練習を切り上げて「2年生は帰れ」と宿舎に戻してな。木陰に3年生だけ集められたんよ。普段は飲ませてもらえない水をみんなに飲ませてくれてのお。監督がこう言ったんよ。「明日、広島に帰ろう」。全国優勝という目標のために厳しいことにも耐えてきたのに、そう言うとこう続けたんよ。「あいさつもできん、整理整頓もできんチームが甲子園で戦っちゃダメだ」。みんな肩を落として宿舎に帰ったよ。試合前日はだいたいトンカツじゃったんじゃけど、夕食も喉を通らんかったよ。
■「ろうそくは身を減らして人を照らす」支えてくれる人に申し訳ない
毎晩宿舎では、夕食後に部屋を真っ暗にして1時間で消えるろうそくを立てて、腹式呼吸をしながら瞑想(めいそう)し、その後シャドーピッチングとか素振りを、そのろうそくに向かってする時間があったんじゃけど。その日の夜は「これで終わりなのか…」と思ったら涙が出てきてな。甲子園では、応援の生徒とかは野球部と違って冷房もないお寺に泊まってたんよ。そんな応援の人や、これまで支えてくれている人に申し訳ない気持ちでいっぱいになって涙が止まらんかった。「ろうそくは身を減らして人を照らす」ということわざがあるけど、ろうそくは必死に人を照らして一生を終えると教えてくれたんよ。で、とにかく、自分のためじゃなく、応援してくれている人のために全力で頑張らないとと思わされたよ。
■立ち直れなかったワシと、エース佃「投げるボールを呼んでくれ!」
でも、いざ試合が始まっても、ワシだけがまだ完全には立ち直れてなかったんよ。そしたら、当時の佃(正樹)というエースが初回に数球投げただけでマウンドから降りてワシのところに来てこう言うたんよ。「投げるボールを呼んでくれ! おまえの構えたところに投げたいんだ」。頑張れとか、気合を入れろとかじゃない。構えた所に投げるから「ここにこい!」と強く呼んでくれ、おまえが頼りなんだということよ。その言葉で、ハッとさせられたよ。もうそこからワシは、1年生が練習で声を出すように「さあこい!」「さあこい!」と一球一球大声を出してミットを構えたよ。佃はその試合1回も首を振らなかったよ。太田幸司さん、島本講平さんと同じように「甲子園のアイドル」と当時騒がれた佃は、10年前の夏、甲子園のさなかの8月13日に病気で亡くなったんじゃけどな。この時のことを思い出すと、今でも涙が出るよ。
高校野球の良さというのは入場行進から、閉会式が終わるまでの何ともいえないすがすがしい姿だと思うんよ。今年も球児たちの熱いプレーを期待しながら、わがホークスもそれに負けない熱い試合で優勝を目指したいと思うとるよ。 (福岡ソフトバンクヘッドコーチ)
=2017/08/08付 西日本スポーツ=




















