ソフトBドラ2高橋、沈んでも浮き上がる…まさにサブマリンのようなアマ球歴とは

西日本スポーツ

【ソフトバンク ルーキーたちの履歴書・後編】

 今秋のドラフトでソフトバンクが指名した支配下5選手の足跡を追う特集企画。ドラフト2位、高橋礼投手(22)=専大=の後編では、沈んでも浮き上がる、まさにサブマリンのようなアマ球歴をたどる。

⇒【前編】中3春…ドラ2高橋をアンダースローに改造したのは「佑ちゃんの同僚」

 アンダースローに転向した長身右腕の育成には名将さえも戸惑った。進学した千葉・専大松戸高の監督は、茨城・藤代高、常総学院高などを春夏7度甲子園に導いた持丸修一だった。

 2年冬。高橋は再度、オーバースローにするよう持丸に命じられた。ただ既に横回転の投げ方が染みつき、上手から球威ある球は放たれることなく、2週間で断念。持丸は「あの体形を見たら上から投げさせたくなる。アンダーはなかなか指導できない」と述懐する。

 3年春、エースとなった高橋の活躍もあり同校は千葉大会で準優勝し、関東大会で4強。甲子園初出場が期待された夏の千葉大会、準決勝の相手は木更津総合高だった。2-2で迎えた延長13回、高橋の213球目のスライダーは外角に外れ、押し出しでサヨナラ負けを喫した。

 燃え尽きた高橋は野球をやめ専大では別のことをしようと思っていた。だが、その別のことが見つからなかった。当時、専大は東都リーグ2部。1年秋にデビューし1部昇格に貢献すると、ストッパーを務めた2年春は昇格即優勝の瞬間、マウンドに立っていた。一躍脚光を浴び、韓国・光州でのユニバーシアードに出場した日本代表に2年生投手で唯一選ばれた。

 順風満帆に見えたが3年からぱたりと勝てなくなった。「捕手のミットに投げていれば打たれなかった。でも、なぜ打たれないかを考えていなかった」。4年春には、最大の屈辱も味わう。立正大との入れ替え戦。第1戦は6回まで無安打投球も、7回1死から四球をきっかけに崩れ5失点。第3戦も5回途中5失点で、チームは1勝2敗で2部に降格した。「優勝より降格の方が(記憶に)残っている」

 意気消沈した右腕の支えになったのがロッテで通算87勝を挙げた渡辺俊介だ。専大監督、斎藤正直の人脈で、学生野球資格を回復したアンダースローの“先輩”の指導を受ける機会を得た。「初めて全てを受け入れられた」。カーブを伝授され球速も141キロまでアップ。188センチのサブマリンは発展途上。球界の絶滅危惧種はまだ息絶えそうにない。=敬称略

 ◆ハムに縁? 先輩上沢、佑ちゃん目撃、大谷は…

 専大松戸高に入学後すぐ、ブルペンで140キロ台中盤の剛球を投げ込む先輩の姿に圧倒された。後に日本ハム入りする上沢直之。当時は「絶対かなわない」と自信を失ったという。また同校の野球部グラウンドから約2キロ、千葉県鎌ケ谷市にある日本ハムのファーム施設はランニングコース沿い。「大谷さんは見ていないけど斎藤佑樹さんはいました」とプロの姿に刺激を受けていたようだ。

 (次回はドラフト3位、横浜高・増田の前編

=2017/12/09 西日本スポーツ=

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