新垣→松坂→武田 ソフトBの背番号18系譜…福岡移転後7人中6人が移籍!?

西日本スポーツ

 ソフトバンクの武田翔太投手(24)が今オフ、背番号を「30」から「18」に変更した。2012年の入団以来、6年間つけた背番号から、松坂大輔投手(37=中日がテスト予定)の退団で空いた18を引き継いだ形だ。球団が福岡へ移転し前身のダイエーとなった1989年以降、背番号18を背負った選手は武田で8人目で、全員が投手。過去7人の足跡をたどる。

 ◆山内和宏(89~90年途中=期間中49試合9勝13敗1セーブ、防御率4.54)ドラフト1位で81年に南海入団時から背番号18。長く先発の柱を担っていたが、89、90年当時は現役晩年に差し掛かっており、救援登板も多かった。90年6月に交換トレードで中日へ移籍。

 ◆村田勝喜(90年途中~93年=期間中96試合38勝38敗0セーブ、防御率3.81)89年に7勝と頭角を現し、90年はそれまでの背番号50から15に変更。山内和宏の移籍に伴い、18へ再変更となった。低迷期のダイエーにあって翌年から3年連続2桁勝利も、93年オフ、秋山幸二、渡辺智男、内山智之との「世紀のトレード」で佐々木誠、橋本武広とともに西武へ移籍。

 ◆渡辺智男(94~97年=期間中38試合4勝15敗0セーブ、防御率4.99)3対3のトレード相手のうち村田勝喜の背番号を引き継ぐ。西武時代の93年に1軍登板がなかったように成績は下降しており、95年以降は白星なし。97年オフに金銭トレードで西武に復帰した。

 ◆吉田豊彦(98年=0試合)FA権を行使せず残留し、ドラフト1位で入団して以来、10年つけた背番号11から変更。心機一転して返り咲きを図ったものの、1軍登板のないまま5月に金銭トレードで阪神へ移籍。以後この年いっぱい18は空き番号だった。

 ◆松修康(99、00年=期間中3試合0勝0敗、防御率3.86)東北福祉大から逆指名のドラフト2位で99年入団も伸び悩み。00年オフ、戦力外となった兄貴分の斉藤貢がつけていた12に変更した。以後2年間、18は空き番号となる。

 ◆新垣渚(03~14年途中=期間中148試合、60勝50敗0セーブ、防御率3.82)九州共立大から自由枠で03年入団。2度曲がると言われたスライダーを武器に1年目から先発ローテーションに定着し、2年目から3年連続2桁勝利。シュート習得に挑戦した07年から成績を落とし、14年7月に川島慶三、日高亮との交換トレードで山中浩史とともにヤクルトへ移籍した。

 ◆松坂大輔(15~17年=期間中1試合0勝0敗0セーブ、防御率18.00)米大リーグ・メッツから9年ぶりに日本球界復帰。西武、レッドソックスで計14年間背負った18をつけた。もっとも、右肩故障でリハビリ続き。支配下選手登録を外れてコーチをしながら復帰を目指す案は辞退し、17年オフに退団した。1軍登板は16年順位決定後の1試合限り。

 過去7人のうちホークス以外の球団でプレーしなかったのは松修康だけ(05年限りで現役引退)で、残る6人は18をつけている間に他球団へ移籍、または退団している。歌舞伎のお家芸「十八番」のイメージや、巨人の藤田元司、堀内恒夫、桑田真澄が背負ったことでエースナンバーとして認知されたといわれる18。ホークスではどうにも不遇のイメージがつきまとうが、武田はこれを払しょくして飛躍できるか。

=2017/12/23 西日本スポーツ=

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