ソフトB柳田、侍常連へ珍野望 「背番号変え続ける」

西日本スポーツ

 前代未聞の背番号コレクター!? オーストラリアとの強化試合(3月3、4日)に日本代表で出場する福岡ソフトバンクの柳田悠岐外野手(29)が28日、規格外の珍プランを披露した。3年ぶりに侍ジャパンに復帰した今回はチームの9とは違う背番号を選ぶ考え。2020年東京五輪まで侍の常連となり、そのたびに背番号を変える案も明かした。壮大な野望を胸に、まずはここ2年はできなかったシーズンでのロケットスタートを目指す。

 ■3月の強化試合代表

 南国グアムで土台をつくり、故郷広島でバットを振り込み、満を持して福岡に帰ってきた。今年初めて筑後に姿を見せた柳田が、キャッチボールやティー打撃で精力的に汗を流した。3年ぶりに体の不安なく迎える春季キャンプ。「すごく楽しみ」。明るい表情が充実感を物語っていた。

 順調そのものだったこのオフ。自主トレ期間中には朗報も飛び込んだ。3月に強化試合を行う侍ジャパン。柳田は23日に発表された1次メンバー6人に名を連ね、3年ぶりの日本代表復帰が決まった。「開幕に向けてのいい調整の場にして、また代表に呼んでもらえるようにしたい。何かをつかめたらいい」。意気込みに続けて、口にした。「何番にしようかな」。代表では所属チームで付ける背番号がかぶった場合には後輩が譲ることが通例だが、柳田の場合は違う。

 「せっかくなんで別の番号をつけたい。コレクションにもなるし、もう一つのモチベーションにもなる」

 柳田は2014年秋の日米野球、15年春の欧州代表との強化試合で侍ジャパン入りし、いずれも背番号はプロ入り時の44。「実家にもあるし、自分の家や友達の家にもある」と思い入れも深いが、今後はあえて異なる番号のユニホームを着る構えだ。「空いてる番号で選べるんで。(大学時代に付けた)8? ちょっと違う。(変えるのは)やめてくれと言われるまで変える」と豪快に笑う。

 柳田ならではの壮大なプランだが、これも2年後の東京五輪まで侍であり続ける決意の表れだ。「五輪はやっぱり出たい。そこまで結果を残し続けないといけないし、何回も選ばれるように頑張りたい。(背番号は)いろいろある方が楽しいんで」。夢舞台までの道を自分なりに描く。

 ■「モチベーションに」

 侍ジャパンへの復帰と同様に、チームの春季キャンプでも3年ぶりにA組発進する。過去2年はいずれも右肘に不安があったためB組発進だったが、今年は万全の状態だ。「A組からもっともっといい仕上がりにしたい。ここ2年は開幕から打てていないので、そこからいい成績を残して、気持ちの面で楽にいけるように」。前回A組発進の15年は3、4月に打率3割5分と勢いをつけ、トリプルスリーを達成。一方で、B組発進の16年は同2割3分6厘、17年が同2割7分8厘と出足でつまずいた。

 「ここ2年は(1月に)あまり打っていなかったので、打撃をたくさんしてきた」。広島自主トレには左腕浜涯、右腕松本の両打撃投手が同行。ベテランの協力で打ち込んだ。「(キャンプでは)練習をもっとしたい。しっかり走って追い込みたい」。次の背番号は何番なのか? 一風変わった野望を胸にギータが突っ走る。 (小畑大悟)

 ◆柳田と侍ジャパン

 ▼14年11月・日米野球=背番号44 侍ジャパン初選出で全5試合に先発し、うち4試合は1番で出場。20打数6安打の打率3割、4打点をマークし、8年ぶり開催の日米野球で日本を勝ち越しへと導きMVPに選ばれた。

 ▼15年3月・強化試合VS欧州代表=背番号44 第1戦は1番で先発し4打数無安打、第2戦は3番で先発し2打数無安打。シーズン開幕前の調整段階ということもあり快音なしに終わった。

 ▼15年11月・プレミア12 招集されたが、シーズン終盤に死球を受け左脚を負傷した影響で辞退。

 ▼16年3月・強化試合VS台湾代表 招集されたが、前年11月に右肘手術を受けた影響で調整途上のため辞退。

 ▼16年11月・強化試合VSメキシコ、オランダ代表 招集されたが右肘の状態が思わしくないため辞退。

 ▼17年3月・第4回WBC 右肘の状態を考慮され招集を見送られた。

 ▼17年11月・アジアプロ野球チャンピオンシップ 24歳以下など参加資格の対象外。

=2018/01/29付 西日本スポーツ=

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