ソフトB川崎の退団に内川、松田らタカナインが吐露した思い

西日本スポーツ

日本ハム戦に勝利し、川崎(右)とジャンプして喜ぶ松田=2011年10月 拡大

日本ハム戦に勝利し、川崎(右)とジャンプして喜ぶ松田=2011年10月

打撃練習の途中、外野にいるスタッフに手を振る松田 打撃練習で調整する内川 日本ハムとの首位攻防戦を3連勝で飾りハイタッチをする川崎(左)と本多=2011年7月

 ムネさん、見ててください-。福岡ソフトバンクを退団した川崎宗則内野手(36)が27日、自由契約選手としてコミッショナー公示された。タカナインはそれぞれに思いを吐露。2011年に三遊間でともにフルイニング出場し、チームの日本一に貢献した松田宣浩内野手(34)は、翌12年に海を渡った「元気印」から受け継いだという声出しを今後も継続していくことを強く誓った。そのプレースタイルに多くの影響を受けたナインらは一様に、川崎の心と体の回復を一番に願った。

 開幕へ向けて全体練習が再開された27日、選手らは一様に沈痛な表情を浮かべた。練習休日だった26日に、球団が川崎の退団を発表。ともに長年プレーし公私ともに仲の良かったベテランや主力ですら体調を気遣い連絡を控えていたため、ほとんどが退団の事実を新聞報道などで知ったという。川崎の渡米前に三遊間コンビを組んだ松田は第一に心と体の回復を願い、思い出を語った。

 「早く治してほしい思いしかない。連絡も取れなかったしショック。(ともに)フルイニング出場で日本一になった11年は思い出。三遊間を組ませてもらい成長させてもらった。選手としての存在感、こうあるべきという立ち居振る舞い、強いチームにはこういう選手が必要というのを教えてくれたのは、ムネさん」

 そう学んだ松田は川崎の穴を埋めた。思い出の翌シーズンに川崎は渡米。「誰がやろうとなって…」。ムードメーカーが抜けたことでそれまでの遠慮を捨て、自らが「元気印」を引き継ぐことを決意した。常に大声を出しベンチを鼓舞。5年以上もその役を背負った自負とともに、川崎の偉大さも痛感させられた。

 「(昨年)4月はめちゃくちゃ(状態が)悪くて、5月にムネさんが1軍に来てから雰囲気もすごくよくなった。先輩が築いてくれたものを受け継いでいく。ムネさんがつくってくれたものを継続していきたい」。昨季まで以上の大声で、チームを鼓舞し続ける覚悟だ。

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