部員5人、廃部寸前から飛躍 宮崎・富島 初戦敗退「夏また来る」

西日本新聞

 第90回選抜高校野球大会で春夏通じて甲子園初出場の宮崎県立富島が29日、甲子園30度目の伝統校、星稜(石川)に挑んだ。5人の部員しかおらず、廃部寸前だったチームに浜田登監督(50)が就任したのは5年前。「全国の公立校に夢を」の合言葉を富島は体現した。試合は2-11で敗れたが、必死にプレーする選手たちは、積み重ねてきた練習に手応えを感じ、全国の公立校の球児たちに希望を与えた。

 「4年で甲子園を目指します」。2013年4月の職員歓迎会で浜田監督が宣言すると、失笑が漏れた。無理もなかった。野球部は過去4年間の公式戦で勝ち星ゼロ。部員も新2年生の5人だけで大会出場さえ危ぶまれていた。

 幸い、新入生6人が入部し“ナイン”を確保。マネジャーも含め15人全員でグラウンドにバックネットを設置するなど、浜田監督は練習環境の整備から始めた。保護者に必ず出席してもらって食事の勉強会を開くなどして、選手の体力アップを図っていった。

 選手には、練習のほかに厳しい規則も課した。保護者の経済的負担を減らすため、携帯電話やコンビニは利用禁止。用具や遠征の費用を捻出する大変さを体験させようと年末年始にアルバイトもさせた。建設会社で働いた中川大輝主将(3年)は「大変だった。野球ができるのは親のおかげだと気付きました」と語る。

 練習では、走塁時間を計測する「可視化」など、選手の成長を促すような工夫も重ねた。チームは昨秋の九州大会で準優勝するまでになり、ついに聖地でのプレーを果たした。試合では、リードされて迎えた三回表にヒット2本を浴びせて一時逆転。持ち味の粘り強い野球を見せたが、エラーが重なって逆転を許し、初戦で球春を終えた。

 「リベンジのため、何が何でも戻ってきたい」と浜田監督。選手たちも「夏にまた来る」。次の夢も必ずかなえる。

=2018/03/30付 西日本新聞朝刊=

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