秋山幸二氏、怒った!岩瀬に「こんにゃろう」99年日本S/ホークスOBトーク3

西日本スポーツ

 ソフトバンクは6月2日のDeNA2回戦(ヤフオクドーム)を、球団創設80周年企画「レジェンドデー」の第3回として開催した。ゲストとして招かれたダイエーOB、ソフトバンク前監督の秋山幸二氏(56)が試合前、球場に隣接するヒルトン福岡シーホークでのトークショーに登場。ファン約210人を前に語った内容をお届けする。全4回の第3回。

 ‐ダイエー時代99年の日本シリーズでMVPに輝きました。2本塁打を放ち、(ナゴヤドームの)外野フェンスを駆け上がった守備もありました。

 ありましたね。先頭バッターホームラン打ってるんでしたね、これね。あの日、あの試合は、結構きつかった。

-何があったんですか

 ええ、あの、1試合目の最終打席にね、中日の岩瀬にデッドボール当てられたからね。スライダー。「ゴッ」て。で、ファースト行ってですね「こんにゃろう」と思って、走ったんですよ。盗塁したんですよ。そしたらね、こんな腫れてね、この(右)ふくらはぎ。何つったってもう、ユニホーム、倍ぐらいになってた。

 ちょうどここ(トークショー会場)のホテルに泊まってたんですよ。夜中ずっと冷やして。で、朝起きたら動かなくて、もうしょうがないから風呂に入って、温めて自分で、こ~うやって(もみほぐすジェスチャー)。で、出た(笑)。トレーナーが無理とかって言ってたけど、いや、もう短期決戦だから、いけるっつって。それで頑張ってたんですけどねえ。だから…痛かった。まあまあ、それはもう昔の話なんですけどね。ええ。

-ナゴヤドームでの守備もすごかった

 スパイクの跡ね。これぐらい(頭の上辺りに手をかざして)の高さにスパイクの剣の跡が。

‐そんな高さまで上がったんですね

 若かった…若かったかな!? 若くはなかったね(笑)。まあ、このぐらいのとこに足、引っ掛けてね、こう捕ったんだけど。いや、あんまり大したことないと思うんだけど、あれは。

-その後、02年限りで現役引退し、05年に(ソフトバンクの)2軍監督として指導者のキャリアをスタートさせます

 その前2年間、解説、評論家させてもらってですね。選手っていうのは、基本的には自分しか考えないんですよ。自分をベストにもっていくことだけ。人のバッティングフォームはこうとか、調子がいい人をパッて見ながら、まあ、どこが調子いいのかなとかって見ながらやってるんですけど、基本的には自分の技術とか、トレーニングとか、メンテとか、メンタルトレーニングも含めてですね、そういうもんを含めて、自分でベストの状態をいつもキープするためにどうするかって考えて、それが試合の中でパフォーマンスとして出せるか。それができれば、チームの勝利に貢献して…っていう感覚で。

 あんまり人はね、関係ないんですよ。誰がどういう打ち方してるとか。パッと見て、ん?と思ってても、細かいとこ見てないんですよ。でも解説者になったら、人のこと話さなきゃいけないんで、ずーっとね、勉強してたの。それから2年間。

 (試合前のチームが)バッティング練習してますよね。そうしたら後ろにいってね、ホームチームがやって、ビジターチームがやって。いいバッターを、右、左とずーっと見てたからね。スタンスがどれぐらいの幅で、どういうタイミングで、バットの位置はどこで、どういうタイミングで出してるかなとかね。体の使い方どうしてるかとか、ずーっと見てて。それでね、勉強してた。

 で、分かんなかったら、その選手に「どういう感覚で打ってんの?」とか聞いてたから。それでもう疑似体験っていうか、自分の中で。この人はこういう感覚でこういう使い方で、ここに打ってんだと。

 で、それを2年間やって、「2軍監督いけ」って言われたんで。それを今度はコーチングとしてですね。監督だけど、2軍の場合はコーチングも入っちゃうんですよ。選手を育てるというかね。その分も含まれてますので。まあそれで、一生懸命、こう、選手にね、教えるようにして。

 それが当たる当たんないっていうのがやっぱりね、あるんですね、コーチって。自分の感覚で教えるんだけども、その人がやっぱり動かなかったり、そういうふうな形にならなかったりするとまた、ずーっと考える。どうしたらいいかな…っていうのをずーっと、2軍の方ではやってましたね。

-09年に1軍監督に就任すると、チームを2度、日本一に導きました。中でも14年は大変でしたね

 大変でしたね~!

-優勝決定がレギュラーシーズン最終戦の10月2日でした

 そうですねえ。ほんとに。大変ですねぇ。もう…。あの年はね、最後の方ね、こう(手で右肩下がりのジェスチャー)なったですもんね。選手がみんな、プレッシャーかかって。

-サファテもプレッシャーを感じていたようでした

 むー…ねぇ。ストライクが入んないですもんね。押し出しとかさ。ヒドいもんね(笑)。いや1軍のピッチャーってのは普通はね、ストライクはもう、入るんすよ。そこにバッターが立って、ああ打たれたくないなとかね、打たれるんじゃないかっていう、そういう緊張感があるんで、腕が振れなくなったりとかして、ボールになったりとかするんですよ。

 でもだいぶね、うーん、経験してる選手が多かった中でも、そういう人たちがこう、ストライク入んなくなってて。「ウソやろ~」とか思いながらね。「たまんねぇよ」って思いながら見てましたけどね(笑)。

-優勝時に男泣きする姿もありました

 いや、うれしかったですね。でもね、なかなかね、最後の試合で優勝決まるって、そんなにないと思うんですよ。野球やっててね。今までの中では。それだけの、こう、選手のプレッシャーを、やっぱりこう、肌で感じてますんで。ファンの皆さんもね、もう「何とかしてくれ」という感じでね、それも全部感じますんで。「俺も何とかしてぇよ」っていう感じで(笑)。「お願いします」って。

-眠れない日もあったとか

 うーん、もう、あのね、監督、大変なんですよね。胃が痛くなったりね、いろんなこと考えて、頭、疲れちゃうんで。もう胃薬と導眠剤(睡眠導入剤)を飲んで、ね。それはずっとやってましたけど。

 ただ、寝てはいました(笑)。アハハハハ。

-会場にヤフオクドームで14年の優勝の瞬間を見た方はいらっしゃいますか。泣けましたよね

 (同意するファンに)いやー…それはね、ほんとにこう、プロ野球選手としてはね、冥利に尽きますよね、やっぱりね。ファンの皆さんに、感動を与えるっていうのはね、やっぱり一番の宿命っていうかね。プロの人には、ありますんで。

-その年の日本一もヤフオクドームで見た方はいらっしゃいますか。あの時はちょっと「エッ」と思いながら日本一になりましたよね

 僕は「やった」と思って(笑)。終わって。「良かった」というのがね。ホッとするのがね、ええ。

-えっ? えっ? という感じでした

 ええ。何があったんだというね。僕も一瞬「エッ」とか思いながら見てたんですけども。あの、ファーストの審判だったすかね。アウトって言ったんで。

-阪神・西岡がファウルラインの内側を走ってアウト、試合終了となりました

 中に入ってね。守備妨害で終わりまして。あの時も大変ですからね。「ピッチャーがもういねえなあ」とか思いながらね。「延長なったらどうすっかなあ」ってね。「ウワー、甲子園に行かなきゃいけねえのかなあ」ってね。まあ…もう、あそこで終わって良かったなと思います。

 (4につづく)

=2018/06/05 西日本スポーツ=

PR

福岡ソフトバンクホークス アクセスランキング

PR

注目のテーマ