26年前、父が頂点に立った甲子園へ プロの注目度も上昇中の西短付・中村 高校野球福岡大会7日開幕

西日本スポーツ

打席に入る前のルーティンのポーズをする中村 拡大

打席に入る前のルーティンのポーズをする中村

初優勝を飾り優勝旗を手にする西短大付の中村主将=平成4年8月25日

 メモリアルイヤーに聖地に立つ! 第100回全国高校野球選手権(8月5日開幕、甲子園)の南北の福岡大会が7日、福岡市のヤフオクドームで同時開幕する。南福岡大会では8年ぶりの甲子園出場を目指す西日本短大付の中軸に座る中村宜聖(3年)に注目。同校の主将として1992年夏に全国制覇を果たした父に憧れて入学したスラッガーだ。1915年の第1回大会に出場した久留米商は梅雨前に「追い込み」と呼ばれる3週間の名物トレーニングを敢行。黙々と流した地味な汗は「8点打線」となって実を結びつつある。85年夏以来遠ざかる大舞台へ、伝統校を引っ張るのはスタメンで昨夏の福岡大会4強を経験した3年生トリオだ。

 期待の強打者がこの夏、目を覚ましそうだ。西日本短大付の中村は「大事な場面で頼りになる男になりたい」と最後の夏への思いを口にした。

 「西短」のユニホームに幼い時から憧れていた。父寿博さんは1992年夏、全国制覇した時の主将。現在も日本文理大の監督を務め、2003年の全日本大学選手権で九州勢初優勝に輝いた。家には父の西短での全国制覇の時の写真や映像がたくさんあった。小学2年の時に、中村は早くも「高校は西短に行く」と宣言していた。

 小さい時の遊び場は父が監督を務める大学の練習場。気づいたらバットとグラブが準備されていた。父には野球のことで怒られたことはない。中学時代にスイングを見てもらっても「いいよ」とひと言。細かい技術指導はなく、いつも「感覚を大事にしろ」と言われるだけだった。

 高校では1年秋からベンチ入りを果たしたが、体調不良や故障などで、恵まれた体格と素質を十分生かせないでいた。昨夏は福岡大会前に左足の傷に菌が入って入院。調整ができないまま、福岡大会に8番中堅で出場。6試合で打率2割8分6厘と満足な結果を残せず、準決勝で東筑に敗退した。「甲子園に行けなくて悔しかった」。力不足を痛感した。

 昨秋は福岡県大会3回戦で敗退。最後の夏に向けて、打撃向上に取り組んだ。冬は打撃投手に10メートルの距離から投げてもらった球を木製バットで打ち、速球を芯で捉える練習を繰り返した。今春からは、上体が突っ込む癖を直すため、イチロー(マリナーズ会長付特別補佐)がやるように打席に入る時にバットを左手に持って地面に垂直に立て姿勢を確認するルーティンを実行。「やり始めてストライクとボールがはっきり区別できるようになった」。通算本塁打は15本だが、今春から半分の8本を積み上げプロの注目度も上昇中。「この夏はやってくれると思う」と西村慎太郎監督も期待する。

 練習用の帽子に「親父を越える」と刺しゅうを入れた。26年前、父が頂点に立った甲子園に立つ。100回を迎える大会で今度は息子がレジェンドをつくってみせる。 (前田泰子)

 ◆中村宜聖(なかむら・たかまさ)2000年7月3日生まれ。大分市出身。大在小1年のから「大在少年野球クラブ」で野球を始めて4番で投手、遊撃、外野。大在中では硬式の「明野ボーイズ」で外野手、4番で3年秋の九州大会で優勝。西日本短大付では1年秋からベンチ入りした。現在の守備位置は左翼。183センチ、87キロ。右投げ右打ち。

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 ◆近年は北部勢が圧倒 福岡は例年南部と北部がそれぞれに戦い、勝ち上がった各チームが「決勝大会」で代表の座を争ってきた。柳川や久留米商、西日本短大付、東福岡、福岡工大城東など南部勢がリードした時代から、近年は北部勢が南部勢を圧倒する構図へと変わった。昨夏までの過去7大会は北部のチーム(九州国際大付、飯塚、自由ケ丘、東筑)が代表となり、南部のチームが代表切符をつかんだのは2010年の西日本短大付が最後となっている。

=2018/07/03付 西日本スポーツ=