筑陽学園23点! 1年生の中村敢が全出塁 西短で父は甲子園V、夏終えた兄の分も勝つ/南福岡

西日本スポーツ

 体が泳ぎながらも、自身夏の初安打を右前へ運んだ。1年生の中村敢が求めた勝ち越し適時打だった。1回2死一、三塁。「同点になったので三塁走者をかえしたかった」。3回戦の久留米戦で初スタメンを勝ち取ったが、打順が回ってくる前に交代。この日の初打席で初安打初打点を記録した。

 入学直後から試合に起用されてきたが、6月中旬に右の肋骨(ろっこつ)を折った。「バットを振って折れていた」。大事を取って大会2週間前から練習を再開。久々の実戦だったが、16安打23得点と大爆発した打線の大きな波にも乗って、2安打2四球と全打席で出塁を果たした。

 父の寿博さんは1992年夏の甲子園で全国制覇した西日本短大付の主将だった。現在は日本文理大の野球部監督を務め、2003年には全日本大学野球選手権で同大を初優勝に導いた。母も西日本短大付のバレー部で主将を務め、両親の遺伝子を受け継いだ中村敢は運動神経抜群。中学時代は陸上部に所属し、400メートルリレーでは大分市で優勝した経験を持つ。遠投も1年生ながら100メートルを超えるほど身体能力も高い。

 2歳上の兄の宜聖とともに野球を始めた。中村家の家訓は「失敗は成功のもと」。父はおおらかに兄弟を育てた。兄は父の母校の西日本短大付で甲子園を目指したが、13日の3回戦で沖学園に敗退。「甲子園に行きたかったけど、行けなかった。敢晴は頑張れ」と兄は敗戦後、電話で励ましてくれた。

 「兄ちゃんの分まで頑張って甲子園に行きたい」と中村敢は誓う。兄弟の夢は「甲子園で優勝してお父さんに並ぶこと」。高校は違うが、果たせなかった兄の夢を受け継いだ弟が、父と兄を甲子園へ連れて行く。

=2018/07/15付 西日本スポーツ=

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