東明館が初戦快勝 元エース木谷“復肩”3イニング0封/佐賀

西日本スポーツ

 昨秋の佐賀県大会以来のマウンドで声援を浴び、笑みが浮かんだ。かつてエースナンバーを背負った東明館の木谷は昨年11月に右肘の手術を受け、この日が復帰戦だった。「初めて(マウンドに)立つような感じで緊張した」。5回からの3イニングで3安打を浴びながらも、4奪三振の無失点。真っすぐは自己最速の136キロをマークし、コールド発進に貢献した。

 1年春からベンチ入りし、昨夏は初戦で登板。制球力の高さと多彩な変化球で将来を期待された。ただ当時から塁間も投げられないほどの右肘の痛みを抱えていた。昨秋の試合でも登板機会こそあったが、先を見据えて手術に踏み切った。

 今年3月にキャッチボールを再開してからも試練は続いた。投げる距離を伸ばしては、痛みが出るという繰り返し。そんなもどかしい自分と向き合っている時に、チームは春の県大会で優勝。九州大会に出場した。「自分がいなくても…」と野球から気持ちが離れた時もあった。踏みとどまれたのはチームメートからの「最後の夏に投げてほしい」との声だった。

 投球練習を再開したのは5月中旬。投げ始めると、今度はフォームが分からなかったという。6月には体調不良で体重が5キロも落ちた。万全ではないコンディション。最後の夏はベンチ入りメンバー(20人)も危ぶまれた。大会2週間前のこと。19人まで決まり、最後の1人を選ぶ際、レギュラー陣と3年生全員による部内投票が行われた。それで選ばれたのが木谷だった。昨秋の「1」から「18」へ、番号は重くなったが、木谷はその重さを“責任”と捉えた。

 14日の練習でようやく投球の感覚を取り戻し、この日のマウンドに間に合わせた。「出来は半分ぐらい」と、44球の内容に満足はしていない。ベンチ入りメンバーから外れた部員の気持ちを考えると「情けない投球はできない」との思いもある。「任せられた場面で抑えるのがベスト。スタンドの気持ちも背負って投げたい」。1988年の開校から30年。仲間への感謝の思いを胸に、今度は自分の力で佐賀の頂点、初の甲子園に導く。 (広田亜貴子)

=2018/07/16付 西日本スポーツ=

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