ソフトの鉄腕・上野「五輪」へ決意新た アジア大会“旗手”の大役 「感謝と誇り持ってプレー」

西日本新聞

ジャカルタ・アジア大会の開会式で、日本選手団の旗手を務める上野由岐子選手=18日夜、ジャカルタ 拡大

ジャカルタ・アジア大会の開会式で、日本選手団の旗手を務める上野由岐子選手=18日夜、ジャカルタ

 ジャカルタ・アジア大会の開会式で日本選手団の旗手を務めたソフトボール女子の上野由岐子選手(36)=福岡市出身=は笑顔で日の丸を掲げた。2008年の北京五輪で2日間計413球を投げて金メダルに導いた「鉄腕」で国旗を左右にはためかせ、「結果で日本選手団に力を与えられるよう、精いっぱい頑張ります」と決意をにじませた。

 あの熱投から10年。アジア大会は10年の広州大会も制し、14年の仁川で4連覇を達成したが、今大会は意味合いが違う。20年東京五輪でソフトボールが追加種目として3大会ぶりに復帰するからだ。「私を(旗手に)任命していただいたことに感謝と誇りを持ってプレーしたい」。大きな期待を背負い、2年後を見据える選手たちの先頭を切って堂々と行進した。

 北京で最大の夢をかなえると、喪失感が襲ってきた。北京大会を最後にソフトボールは五輪の実施競技から除外された。「『五輪がなくなったからやめたい』と思うことはなかったけど、ああいう結果を残すことができて、やりきった感は正直あった」。当時は所属先の監督だった日本代表の宇津木麗華監督に「やる気がなくなった」と伝えた。宇津木監督からは「それは当たり前。高いレベルでなくてもいい。続けることに意味がある」と諭された。

 もう一度、ソフトボールを五輪で-。使命感と葛藤を同時に抱えてきた上野選手は東京五輪の追加種目が決まった16年のシーズン中に左脚を故障。長期離脱を強いられた。競技から離れて気づいたこともある。「今までは疲れていたのかな、と思った。頑張らなきゃと背負い過ぎていた部分もあったし、神様が休めって言ってくれているんだろうなって」。復活した昨年は日本リーグで13勝無敗で8度目の最高殊勲選手賞(MVP)にも輝いた。

 12日まで千葉県で開催された世界選手権では7試合で計555球を投げた。決勝で米国に敗れて2大会ぶりの優勝は逃したが、日本のエースであり続ける。「五輪という存在が見えてきてから(代表は)今までと違う、特別な場所になった」。東京五輪のソフトボール競技が始まる20年7月22日は38歳の誕生日。「運命的」と語るその日まで、もう歩みを止めない。 (ジャカルタ伊藤瀬里加)

=2018/08/19付 西日本新聞朝刊=

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