巨人・杉内引退「やりきった」 故障と闘い3年 通算142勝、古巣タカにも感謝

西日本スポーツ

 巨人の杉内俊哉投手(37)が今季限りで現役を引退することが11日、分かった。福岡ダイエー、福岡ソフトバンクと巨人で通算142勝をマーク。球界を代表する先発左腕として活躍しながら、右股関節の手術や左肩痛に苦しみ、ここ3シーズンは1軍で登板機会がなかった。高校時代からのライバルでもある中日・松坂大輔投手(37)と同期の「松坂世代」が、また一人ユニホームを脱ぐ。

■「十分にやりきった」

 反骨のサウスポーが、17年間の現役生活にピリオドを打つ。立て続けに見舞われた故障との闘いで、1軍のマウンドから遠ざかること3年。今季は2軍戦での登板機会もなかった。それでも杉内は「十分にやりきりました」と言い切った。

 身長は175センチ。体格に恵まれたわけでも、圧倒的な球速を誇ったわけでもない。それでも奪三振数2156個は現役最多。通算投球回の2091回1/3を上回る。真っすぐ、スライダー、チェンジアップの3種類という少ない球種で打者のバットに空を切らせた。

 九州で生まれ育った杉内は相思相愛の関係だった福岡ダイエーに入団した。ソフトバンクも含めてホークスで10年投げた。斉藤和巳(本紙評論家)、同学年の和田毅や新垣渚とともに「先発4本柱」を形成。工藤公康(現ソフトバンク監督)とともに背番号「47」はエース左腕の代名詞となり、常勝ホークスを支え続けた。栄光の「18」を背負った巨人でも移籍1年目の2012年に無安打無得点試合を達成するなど、3年連続2桁勝利をマークした。

 3大会連続でWBCにも出場するなど国際試合でも無類の強さを発揮した左腕も満身創痍(そうい)だった。15年秋に右股関節の形成手術を受け、同年オフの契約更改交渉では、減額制限(年俸1億円超は40%)を大きく超える年俸5億円から90%減となる5000万円でサイン。17年オフには2500万円減の年俸2500万円でサイン。3年でトータル95%ダウンにも「諦めずに頑張っていく」と復活への意欲を失っていなかった。ただ、17年春には左肩痛を発症。以降リハビリが続いた。「どうやって投げたらいいのか、投げ方が分からなくなった」は紛れもない本音だった。

■九州のファンに感謝

 生涯ホークスを公言しながら、国内フリーエージェント(FA)権を行使して巨人に移籍。契約交渉の過程で自身に対するフロントの発言に不信感がぬぐえず、故郷の球団を去った。「ああいう形でホークスを出ることになりましたが、僕の心の中ではホークスに育てていただいた気持ちはずっと持っていました。九州のファンの方々にも本当に支えていただいた」と感謝の言葉を並べた。

 沢村賞、最多勝、最優秀防御率…。投手部門のあらゆるタイトルを手にした。日本一にも輝いた。「言葉がふさわしいか分からないけれど『おなかはいっぱい』です」。お互いにユニホームを変えてからの松坂との投げ合いも実現しなかったが、悔いはない。引き際は自分自身で決める、との信念を最後まで貫いた。

◆杉内俊哉(すぎうち・としや)1980年10月30日生まれ。福岡県出身。鹿児島実高3年夏の甲子園は八戸工大一高(青森)との初戦で無安打無得点試合を達成。2回戦で松坂大輔を擁する横浜高に敗れた。三菱重工長崎を経て2002年にドラフト3巡目で福岡ダイエー(現ソフトバンク)入団。05年に18勝でパ・リーグMVP、沢村賞、最多勝などに輝く。12年に巨人移籍。アマ時代を含め、五輪に2度、WBCに3度出場。プロ通算成績は316試合登板で142勝77敗の防御率2.95。175センチ、82キロ。左投げ左打ち。

=2018/09/12付 西日本スポーツ=

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