西武・辻監督が築いた“超攻撃野球” 開幕から首位譲らずV

西日本スポーツ

 ◆日本ハム4-1西武(30日・札幌ドーム)

 就任2年目の辻発彦監督(59)が北の大地で宙に舞った-。敵地で日本ハムに敗れたが、2位ソフトバンクがロッテに敗れ、歓喜の瞬間を迎えた。開幕から首位を一度も譲らず埼玉西武ライオンズが2008年以来、10年ぶり22度目のリーグ制覇を果たした。終盤に2位ソフトバンクが7連勝して猛追してきたが、同時期に12連勝して振り切り、頂点に立った。日本一に輝いた08年以来10年ぶりの日本シリーズ進出を懸けて、10月17日からメットライフドームでクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージに臨む。

 何度も見た胴上げなのに景色が違った。西武での現役時代に9度のリーグ優勝を味わった辻監督が、手塩にかけて育てた選手らの手で8回、宙に舞った。「この日が来るのを待ち望んでいた。チームのみんなに感謝したい。ありがとう。その一言に尽きる」。就任1年目の昨季は、西武の同僚だったソフトバンク工藤監督の胴上げを目の前で見せられた。今度は自分たちが主役になった。

 開幕から一度も首位を渡さなかったが、内情は楽ではなかった。4点台のチーム防御率はリーグ最下位。継投の失敗で負けると采配を批判された。それでも選手を責めず、2軍降格を告げる投手には「必ずおまえの力が必要になる」と言葉を添えた。

 投手力の弱さを補うには打ち勝つしかなかった。常勝軍団だった西武での現役時代を「当時は先に1点を取れば逃げ切れた」と振り返るが、監督として「今年はそういうわけにはいかない」と腹をくくった。攻撃的な野球を貫くために最適な人材を育てた。

 寡黙な浅村を主将に指名し、就任直後のドラフトで入団した源田や内外野の万能性を見いだした外崎は戦力になるまで使い続けた。山川は昨オフの本気の取り組みを見て、主軸に据えた。「俺は我慢は得意だから」。どんなに不振でも4番を外さなかった。

■「この日が来るの待ち望んでた」

 監督としての本格的な第一歩は、別れとともに始まった。昨年の春季キャンプ直前に父広利さんの容体が悪化。故郷佐賀に駆け付け、短い対面の別れ際に伝えた。「俺がここまでやれたのはおやじのおかげ。ありがとう」。キャンプインの2月1日。父は安心したように永眠した。

 今季はソフトバンクが終盤に猛追してきたが、9月15日からの本拠地3連戦で3連勝。優勝へのマジックナンバー11が初めて点灯した。その翌日の18日がプロ3年目の1986年に亡くなった母フミさん(享年50)の命日だった。試合前、球場に国旗が掲揚されると「2人とも天国で試合を楽しんで」と祈る。仏壇の横には、寄り添うように西武のユニホームが飾られている。

 選手、監督で西武をパ・リーグの頂点に導いた。「俺たちはファミリーだから」。イベントを運営する球団スタッフも食事に誘い、気軽に言葉を交わす。カラオケで球団歌「地平を駈(か)ける獅子を見た」を披露することもある。

 日本シリーズの開幕直前、10月24日に60歳となる。「誕生日といえば日本シリーズだよ」。次はCSファイナルステージを突破し、現役時代の“恒例行事”を還暦で迎えることが目標だ。リーグ優勝に続き、10年ぶりの日本一の栄冠も自らの手で、愛するライオンズにもたらす。 (松田達也)

=2018/10/01付 西日本スポーツ=

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