決断へ 両親、夫人と交わした会話 ソフトバンク本多の引退会見(1)

西日本スポーツ

 ソフトバンク本多雄一内野手(33)が3日、ヤフオクドーム内で引退会見を行った。ホークス一筋13年間の現役生活を終える。一問一答は以下の通り。

(冒頭あいさつ)

 皆さん、おはようございます。今シーズンをもちまして、プロ野球13年間の現役生活を終え、引退することを報告させていただきます。皆さまには大変お世話になりました。本当にありがとうございました。

-胸の内は

 正直、今、この日が来るかと。それが率直な気持ちです。この場にいることが、まだ自分でも信じられない。同時に、13年間が走馬灯のように浮かんでいます。

-悔やまれるところもあるか

 後悔はもう今はないです。13年間の思い出はきついとき、苦しいとき、うれしいとき、いろいろ。後悔は全くないですけど、寂しさはあります。

-引退を決めた要因は

 2012年に首を痛めて。それから約6年、プレーしてきましたが、12年から3、4年は、痛みが出たり出なかったりで、出れば薬を飲みながらやっていた時期が続いていました。去年ぐらいから、今年は特に首の痛みが出る回数も多く、思うようにプレーができませんでした。やる気はあったんですけど、体は反対の方向に…痛みが出て、自分が納得する動きができなかった。そういうこともあり、引く決断をしました。

 決めたくなかったんですけど、決めないといけないのが現実で。自分でも、まだやれるんじゃないか、まだやれると思って、ずっと考えていました。でもやっぱり、首のことを考えると、痛みが出て野球ができない時期が続くのは、もう嫌だなと。気持ちの上で、すごく沈む時期があって、決断に至りました。

-思うようにプレーすることができない中、チームメートの姿はどう見ていたか

 全力でばりばりプレーすることが、けがをしてできない時期もありました。その中で、チームの選手の活躍がすごく刺激になりましたし、一人一人のプレー、仕事を見て、僕もああやっていたんだな、走っていたんだな、お立ち台に立っていたんだなと。ケガしているときでも、またあそこに立ちたいと思わせてもらったのは確かです。ケガをしていても、また治して、あそこの舞台に立ちたい。その一心で今年、2軍生活を送っていました。

-通算350盗塁にはわずかに届かず

 今、現役選手の中では3位。あらためて数字を見て、ルーキーだったときから考えると、よく走ってきたなと自分でも思います。350盗塁が目の前の目標でした。でもやっぱり、首のことも、思うように結果が出ないこともあり、成績不振で2軍行き。全て自分の責任で、だからこそ、また奮起できたんじゃないかなと思います。350盗塁を達成したい気持ちは100パーセントありました。でも今、できていないのが現実。考え方が合っているかどうか分かりませんが、342盗塁でも、僕、よくやったんじゃないかなと思っています。

-決断にあたって周囲と相談は

 もちろん家族…子どもはまだ分からないですが、家内、両親、今までお世話になった方々にも、相談というか、報告はしました。両親は「あなたの野球人生。親がとやかく言うつもりはない。自分で決めたのであれば納得する」と。家内は現実を受け入れることができず、悩んだ時期が何日かありました。僕より家内の方が、気持ちの上で沈んだんじゃないかなと思います。いつか決断をしないといけない。引退するけど、自分がしっかりしないといけないと。時がたつのが早くて。答えを早く出さなきゃいけない。家内といろんな言葉を掛け合って、話しました。今はもう、家内も納得していますが、納得するまでにかなりの時間はかかりました。

 それだけではなく、野球で関わった皆さん…特に僕が道具を使わせてもらっているスラッガーの、僕の担当者さんから、毎日、毎時間、電話をいただきました。13年間をともにしたその担当者さんは、きついはずなのに、自分の気持ちを盛り上げてくれて、精神的にカバーしてくれました。

-掛けられた言葉で胸の中にあるのは

 自分を元気づけようと言ってくれたのかもしれないですけど「おまえはよくやった」と。よくやった、自分で決めたのなら納得がいく、と、周りからのそういう言葉を耳にして、自分のことは自分で決めないといけないと、あらためて思いましたし。数多くの言葉をかけられて、決心することができました。

-印象に残っているプレーや瞬間は

 13年間で数多くの経験をさせていただきました。苦しいときの記憶の方が正直、多いですが、自分が初めてリーグ優勝を経験した2010年、最終戦で優勝を決めたときが印象に残っていますし、その試合で同時に、盗塁王を獲得できたことを思い出します。

-思い出に残る盗塁は
342盗塁のほとんどが印象に残っていますが、初盗塁と、先ほどの話にもありましたが2010年、(当時西武の)片岡(治大=当時は易之)さんと同じ数で初めて盗塁王を取った、あの瞬間は忘れません。

(2に続く)

先輩杉内、同い年大隣への思い 今後の去就も ソフトバンク本多の引退会見(2)

=2018/10/03 西日本スポーツ=

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