ホークス1位加治屋 カズミ2世になる

西日本スポーツ

 カズミ2世になる-。プロ野球のドラフト会議が24日、東京都内のホテルで開かれ、福岡ソフトバンクは外れ1位でJR九州の加治屋蓮投手(21)=宮崎・福島高出身=の交渉権を獲得した。最多5球団が競合した桐光学園高(神奈川)の松井、外れ1位でヤクルトと競合した国学院大の杉浦を抽選で外したものの、加治屋は地元九州で生まれ育った実力派右腕。ホークスの元エース斉藤和巳氏(35)にあこがれ、実力を付けた一番星がJR九州の豪華寝台列車「ななつ星in九州」に負けない輝きで、来季V奪回の使者になる。

テレビ中継見ず

 栄光の1位指名にもかかわらず、加治屋は自らの名前を呼ばれたときに食事を取っていた。予想もしていなかったから、テレビさえ見ていなかった。社会人野球の日本選手権に備え、宿泊している大阪市内の宿舎。練習を終え、野球部の仲間と食事会場で夕食に舌鼓を打っていたときだった。

 王会長が2度連続で抽選を外してからの「3度目」の1位指名。自分の名前が呼ばれたことを、携帯電話でチェックしていた同僚から伝え聞いた。「信じられなかった。(上位指名は)ないと思っていたので、テレビも携帯も見ていなかった」。指名から2時間近くが経過して始まった会見でも驚きを隠せなかった。

 「外れの外れ」とはいえ、正真正銘の1位指名に違いはない。12人しか選ばれない栄誉。その重みをかみしめると、その表情は、驚きから徐々に責任感へと包まれた。「小学生のときに初めて見たプロ野球がホークスの試合。あこがれの球団で野球ができることがうれしい」。大きな期待を背負ったことを理解すると、緊張気味に話した。

 目指すは「斉藤和巳2世」だ。宮崎・福島高では甲子園出場経験もなく無名の存在。JR九州に進み、才能が開花した。長身と長いリーチを生かした投球フォームが固まるにつれて球速がアップ。社会人2年目に初めて最速150キロを計測し、現在では152キロまで達した。昨年1月には左すねに「シンスプリント」と呼ばれる疲労骨折に似た症状を発症。半年以上走ることすらできなかったが「野球ができない間に外から見て、配球とか多くのことを学べた」と、挫折もプロ入りへの原動力に変えてみせた。

V奪回の即戦力

 密着マークを続けていた福山龍太郎スカウト(九州地区担当)は「真っすぐの切れと、140キロを超える高速フォーク。これだけで抑えられる」と、実力を高く認める。角度のある直球と高速フォークボールといえば、タカのエースとして活躍した斉藤和巳氏の代名詞だった。「子供のころから斉藤和巳さんが目標だった。一緒にプレーできないのは寂しいですけど、いつかは超えられるような投手になりたい」。今季限りでユニホームを脱いだ右腕の「後継者」となって、来季V奪回の使者になってみせる。

 JR九州といえば、豪華寝台列車「ななつ星in九州」が大きな話題をさらったばかり。今度はタカの一番星がスケール感あふれる投球で、故郷を熱く盛り上げる。(倉成孝史)

天国の母へ報告

 天国の母へも、最高の報告ができた。母の伊津子さん(享年38)は、加治屋が高校2年の時に心筋梗塞のため他界。10代の少年にとってあまりに大きすぎるショックは、野球を続けることすら迷わせた。「蓮」という名前は、父の博樹さん(43)と伊津子さんが「蓮根のように、しっかりと土の中に根をはるように」との思いでつけられたという。次は、一日も早くプロ初勝利の報告を母に届けるつもりだ。

◆加治屋蓮(かじや・れん)

 1991年11月25日生まれの21歳。宮崎県串間市出身。大束小3年で始めた軟式野球は大束中まで続け、宮崎・福島高(OBに昨季までロッテの監督を務めた西村徳文氏)に進学。2年秋からエース。甲子園出場はなく3年夏は宮崎大会2回戦で都城農高に0-2で敗退。JR九州では昨秋の日本選手権、今夏の都市対抗に出場した。あこがれの選手は元福岡ソフトバンクの斉藤和巳氏。183センチ、80キロ。右投げ右打ち。

「黄金の右手」不発 王会長無念の連敗

 くじ引き役を務めた王会長の「黄金の右手」は不発に終わった。昨年までドラフトの抽選は右手で引いて3連勝中だったが、松井、杉浦と連敗。「くじで2回外れちゃったからね。しょうがない」と悔しさをにじませた。5球団が競合した松井は3番目にくじを引き、抽選箱の右側にあった2枚の中からつかんだが、当たりくじはもう片方の1枚だった。「お風呂には入ってきましたよ」と身を清めて会場入りした王会長は、帰り際は「こればかりは神のみぞ知る、だからね」と残念そうだった。

 

 

 

 

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