ソフトバンクのドラフト事件簿

西日本スポーツ

ソフトバンクの交渉権が確定したと思い、うれし泣きする福岡第一・陽仲寿だったが=2005年撮影 拡大

ソフトバンクの交渉権が確定したと思い、うれし泣きする福岡第一・陽仲寿だったが=2005年撮影

希望枠で獲得した近大・大隣(右)と笑顔で握手を交わす王監督=2006年撮影 指名あいさつに訪れた王監督(左)に帽子をかぶせてもらい、笑顔を見せる東洋大・大場=2007年撮影

 球団がソフトバンクとなってから臨んだドラフト会議(2005年以降)の主な出来事は以下の通り。

 

【05年】進路決定への配慮から高校生のドラフトは分離して早期の10月に開催された。

 抽選結果を巡りトラブルが起こる。ソフトバンクは1巡目で陽(福岡第一高)を指名。日本ハムと競合の末、交渉権を得たと思われたが、直後に「交渉権確定」印の有無から当たりくじの勘違いが発覚した。訂正され、交渉権は日本ハムで確定。結果、ソフトバンクは外れ1巡目で荒川(日大高)を指名した。

 同様の取り違えは辻内(大阪桐蔭高)を巡っても起こり、交渉権は当初、獲得したと思われたオリックスではなく、巨人で確定となった。

 11月の大学・社会人ドラフトでは、裏金問題から制度が変更され、93年からの逆指名(01年から自由獲得枠)制度が「希望入団枠」となり、指名可能な枠も2から1に減った。

 ソフトバンクの希望枠は松田(亜大)。3巡目の藤岡(JR九州)、5巡目の本多(三菱重工名古屋)も主力となる人材だった。

 また、この年から始まった育成ドラフトでは1巡目で小斉(東農大生産学部)、2巡目で西山(四国IL愛媛)を指名。翌年、2人一緒に12球団で初の支配下登録例となった。

 ◆希望枠=松田(亜大)「ホークスは強いチーム。よく練習する印象があるし、そういうところでやりたかった。若さでどんどんいく」※談話はドラフト会議に先だっての入団表明時

 

【06年】高校生ドラフト1巡目は相思相愛といわれた大嶺(八重山商工高)を指名も、ロッテと競合。抽選で交渉権をさらわれた結果、福田(多摩大聖ケ丘高)となった。

 この年は大学・社会人ドラフトで希望枠の大隣(近大)をはじめ、3巡目の高谷(白鴎大)、4巡目の森福(シダックス)、5巡目の長谷川(専大)と、即戦力と期待した選手が長くプレー。

 育成ドラフト1巡目の山田(つくば秀英高)は4年目に開花し、パ・リーグの「育成の星」の先駆的な存在となった。

 ◆高校生1巡目=福田(多摩大聖ケ丘高)「目標は川崎選手。川崎選手が試合に出るようになった3年前くらいから、ホークスが好きになりました」

 

【07年】高校生ドラフト1巡目で「BIG3」の一角、中田(大阪桐蔭高)を指名も、4球団が競合し抽選で交渉権を逃す。外れ1巡目の岩崎(市船橋高)も中日と競合したが、交渉権を得た。

 大学・社会人ドラフトは、西武の裏金問題から希望枠が撤廃。1巡目で大場(東洋大)を指名し、6球団競合の抽選を制して交渉権を獲得した。「平成の鉄腕」は1年目に華々しくデビューも、その後は振るわず。

 この年は高校生で3巡目の中村(帝京高)ら計3人、大学・社会人2人、育成ゼロの総勢5人と指名人数は多くなかった。

 ◆大学・社会人1巡目=大場翔太(東洋大)「とりあえず100(勝)という数字を目指していきたいと思います。本気で狙って新人王を取りにいきたい」

 

【08年】高校生と大学・社会人のドラフトが再び統合された。

 1位で大田(東海大相模高)を指名も、巨人と競合。同年シーズン限りで退任した王監督の後を受け、就任したばかりの秋山監督が抽選に臨んだが、球団としてドラ1抽選は4年連続の外れとなった。外れ1位で巽(近大)を指名した。

 この年はソフトバンクとなって以降のドラフトで最多の7人、育成でも5人を指名した。5位の摂津(JR東日本東北)が1年目から2年連続の70試合登板。3年目に先発転向すると、4年目には沢村賞と投手の柱になった。

 一方で他選手は伸び悩み。2位の立岡(鎮西高)は12年シーズン途中に巨人へトレードされてから頭角を現した。

 ◆5位=摂津(JR東日本東北)「昨夜は眠れなかった。(指名漏れが続き)悔しい思いをしてきた。活躍してナンボの世界。ただ入るだけで終わりたくはない」

 

【09年】菊池(花巻東高)が6球団競合となった中、1位で今宮(明豊高)を単独指名。指名した5人で主力となったのは今宮だけながら、当時の正遊撃手・川崎が11年オフに海外FAで移籍後に穴を埋め、球界を代表するショートとなった。

 08年以降では、この年だけ育成ドラフトでの指名がゼロだった。

 ◆1位=今宮(明豊高)「(ソフトバンク1位指名は花巻東高の)菊池君かも、と思っていた。自分の名前を見てゾクッと鳥肌が立ちました。小さい体で申し訳ないけど、小さな巨人と呼ばれるようになりたい」

 

【10年】地元福岡出身でもある大石(早大)有力ともみられたドラフト1位は、斎藤(早大)を指名。4球団競合で抽選に外れ、外れ1位で山下(習志野高)を指名した。

 秋山(八戸大)も候補だった2位で柳田(広島経大)を指名。15年にトリプルスリーを達成するなど球界を代表するスラッガーとなった。

 育成でも4位の千賀(蒲郡高)が、6位の甲斐(楊志館高)が後の主力となった。

 ◆2位=柳田(広島経大)「ドキドキしました。ホークスは広島からも近い球団。指名されてうれしかった。将来的には3割30本30盗塁を目指したい」

 

【11年】菅野(東海大)、野村(明大)とともに「大学BIG3」と呼ばれた藤岡(東洋大)が3球団、高橋(東海大甲府高)も3球団競合となる中、2年ぶりの単独1位で武田(宮崎日大高)を指名した。1年目は後半戦だけで8勝を挙げ、新人王はならずも「優秀新人賞」のパ・リーグ連盟特別表彰。

 育成2位の亀沢(四国IL香川)は入団3年経過で規定により自由契約となった後、中日が支配下登録で獲得した。

 ◆1位=武田(宮崎日大高)「本当に指名されるか分からなくて緊張しました。地元の球団ですし、いい結果になってうれしかった。1年目から1軍で勝ちたい。新人王? そういうところも狙っていきたい」

 

【12年】1位で東浜(亜大)を指名。3球団競合も、抽選で王会長が当たりを引き当てた。入団当初は苦しんだが、17年にリーグ最多勝。亜大の同期・高田を3位指名した。

 6位のサブマリン山中(ホンダ熊本)は1年目に開幕ローテーション入りも、未勝利のまま2年目のシーズン途中にヤクルトへトレードとなった。

 このドラフトでは米大リーグ挑戦の意向を表明していた大谷(花巻東高)を強行1位指名。複数回の交渉の末、ドラフト会議から約1カ月半後の12月に入団表明に至った。

 ◆1位=東浜(亜大)「今までにないくらい緊張した。ホッとしたというか落ち着けた。地元九州のチームで好きな球団なのでうれしい。自分の売りは総合力。シーズンを通してコンスタントに結果を残したい」

 

【13年】1位入札1回目は松井(桐光学園高)で5球団競合。抽選で外し、入札2回目の杉浦(国学院大)もヤクルトと競合して抽選で外した。外れ外れ1位で加治屋(JR九州)を指名。

 2位の森(三菱自動車倉敷オーシャンズ)が即戦力の期待に応え、1年目からリリーフで活躍。4位の上林(仙台育英高)、育成1位の石川(創価大)は4年目に台頭した。

 ◆4位=上林(仙台育英高)「イチローさんに憧れてやってきた。ソフトバンクには長谷川さんをはじめ、素晴らしい選手がたくさんいる。いろんなことを教わりたい」

 

【14年】有原(早大)が4球団競合となる中、3年ぶりの単独1位指名で松本(盛岡大付高)の交渉権を獲得。最後の5位で島袋(中大)を指名した。

 育成で8人指名は球団最多。ドラフト上位4人、育成上位6人の計10人が高校生だった。

 ◆1位=松本(盛岡大付高)「実感が湧かなくて…本当に指名されるのか分からなかった。(報道で)自分の名前を見ることがあまりなかったので。九州に行ったこともないけど、福岡は栄えていて暖かいイメージ」

 

【15年】1位で高橋(県岐阜商高)を指名し、3球団競合。工藤監督は就任後初の抽選で交渉権を獲得した。ドラフト1位で1回目に高校生に入札し、当たりくじを引いたのはダイエー時代の01年寺原(日南学園高)以来14年ぶりだった。このドラフトは指名6人全員が高校生。育成でも5人中3人が高校生だった。

 ◆1位=高橋(県岐阜商高)「夢だったプロ野球のスタートラインに立ててとてもうれしい。複数球団に指名をもらい、本当に感謝しています。ドキドキしていたし、野球と違った緊張感がありました」

 

【16年】田中(創価大)の1位指名に臨み、5球団競合。工藤監督が2年続けて右手で当たりくじを引いた。田中以外のドラフト指名3人、育成指名6人全員の、計9人が高校生。

 なおこの年は外れ1位で全5球団の指名が佐々木(桜美林大)に集まるというドラフト史上初めてのケースが発生した。

 ◆1位=田中(創価大)「思ったより緊張しましたけど(大学キャンパスのホールに集まった学生に)喜んでもらえたので良かったです。真っすぐが魅力的な投手ではいたい。真っすぐが強い投手が好きなので、自分のことを好きでいられる投手になりたい」

 

【17年】1位で清宮(早実高)を指名し7球団競合。3年連続の抽選に臨んだ工藤監督は、このときも右手でくじを引いたが初めて外す。外れ1位の安田(履正社高)はロッテと競合し外れ。外れ外れ1位の馬場(仙台大)も阪神と競合し外れ。入札4回目の吉住(鶴岡東高)でようやく単独指名となり交渉権が確定した。

 2位の高橋(専大)のほか、育成4位の大竹(早大)も1年目に支配下登録され、ともに1軍で先発した。

 ◆2位=高橋(専大)「(当時西武の)牧田さんのように、短いイニングでも、浮き上がるボールで抑えたい」

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