分岐点になった「森福の11球」/日本シリーズの記憶

西日本スポーツ

 

 ソフトバンクと広島による日本シリーズは、広島の本拠地マツダスタジアムで行われた第2戦までを終え、広島が1勝1分けと先行した。

 30日の第3戦からはソフトバンクの本拠地ヤフオクドームで3連戦。リーグ2位からクライマックスシリーズ(CS)を突破したソフトバンクは、2年連続の日本一へ巻き返しを図る。過去の日本シリーズの試合を、当時の記事で振り返る(年齢、肩書きなどは当時)。

=2011年11月17日付 西日本スポーツ=

 神様、仏様、森福様ダ!! 秋山ホークスが森福允彦投手(25)の「魂の11球」で頂上決戦を2勝2敗のタイに持ち込んだ。1点リードで迎えた6回無死満塁の大ピンチに登場し、圧巻の11球で仁王立ち。続く7回も無失点で切り抜けた。負ければ落合竜に王手をかけられる絶体絶命の窮地で、171センチのサウスポーが球史に残る大仕事をやってのけた。敵地での2連勝で福岡に戻ることも決定。この勢いで一気にてっぺんまで駆け上がる。

 

■気持ち一本で

 おそらく、これまでの野球人生で一番の修羅場だっただろう。1点リードの6回。先発ホールトンが無死満塁のピンチを招いたところで、出番がきた。「とにかく気持ち一本で向かって行った」。1点もやりたくない場面。しかも舞台は、頂上決戦。絶体絶命のピンチで森福は覚悟を決めた。

 先頭の代打・小池を空振り三振。カウント1ボール2ストライクから、生命線の外角シュートでバットに空を切らせた。「あそこは三振を取りにいった」。狙い通りに1死を奪うと、立て続けに攻めた。

 続く平田は「内角好きなのは分かっていた」ことから、あえて内角勝負を挑んだ。ただ、単に内角で打ち取るのではなく、ファウルでカウントを稼いで、自身に有利な状況をつくり出した。「細川さんのリードのおかげです」。計画通りに、初球は内角スライダーでファウルを打たせると、2球続けた内角スライダーで左飛に仕留めた。左翼内川の好捕にも助けられ、2死までこぎつけた。

 「とにかく強気。集中し、思い切って投げ込むだけでした」。最後は谷繁を遊ゴロに仕留め、窮地脱出。その瞬間、マウンド上の森福は感情を抑え切れなかった。左拳を強く握り締め、地面を殴りつけるようにガッツポーズ。愛知県豊橋市出身のサウスポーが大仕事をやってのけた。

 何としても結果を出したかった。決戦の場を移すため、名古屋へ移動した14日。森福は集合時間を間違え、移動便に乗り損ねた。地元福岡で2連敗した直後。クライマックスシリーズ(CS)開幕直前の全体練習にも遅刻しており、今回が2度目だった。チームの結束が何よりも求められる大事な時期。森福の顔からは生気が消えていた。だからこそ、本職のマウンドで、信頼を取り戻したかった。イニングをまたいで続投した7回も、13球できっちり3人斬り。2回無安打無失点で、チームに勝利を呼び込んだ。

■7回も3人斬り

 昨年のCS第5戦では、競り合った展開で失投を本塁打され、グラブをベンチに投げつけた。悔しさを糧に今季60試合に登板。そして、シーズン中とは比較にならないほどの重圧の中、身長171センチ、体重65キロの小柄な男が大仕事をやってのけた。奇跡のような救援劇。「しっかり集中して投げられた。シリーズの流れが変わる? そうなればいいですね」。今シリーズを振り返った時、森福の全24球がターニングポイントになる。そう言い切れるまで、あと2勝だ。 (石田泰隆)

 ◆江夏の21球 1979年、広島と近鉄の日本シリーズ第7戦(大阪)。広島の江夏が1点リードで9回無死満塁のピンチを迎えたが、ここから奮起。佐々木を三振、スクイズを外した後、石渡を三振に斬って無失点で切り抜けた。この回のドラマチックな「21球」は語り草になった。

 ◆小林の14球 1995年、オリックスとヤクルトの日本シリーズ第4戦(神宮)。オリックスの小林が1-1の同点で迎えた11回裏、1死一、二塁でヤクルトの4番オマリーと約12分間の白熱の勝負を展開。あわやサヨナラ3ランの大ファウルを連発されながら、14球を費やして空振り三振を奪った。そこまで3連敗のオリックスは12回に決勝点を挙げて勝ち、一矢報いた。

■オーナー絶賛

 孫オーナーが森福の投球を絶賛した。試合開始の直前にナゴヤドーム入り。選手を激励した後、グラウンドレベルの部屋で王会長とともに試合を見守った。「ノーアウト満塁で森福が素晴らしかった。あそこでピシッといったのが後につながった」と6回の大ピンチを切り抜けた森福の投球に興奮を隠さなかった。決着は第6戦以降に持ち越され、福岡へ戻ることが決定。「何としても福岡で監督を胴上げしないと」と地元での日本一を熱望した。

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