楽天・田中新人王 梨田監督が残したチャンス 恩師も驚き「ここまで活躍するとは…」

西日本スポーツ

 飛躍の1年を笑顔で締めくくった。パ・リーグの新人王に輝いた楽天の田中は今季最下位に沈んだチームの希望の星になった。田中将(現ヤンキース)、則本の歴代エースに次ぐ球団3人目の栄誉で、野手では初めて。「2人は日本を代表する投手。僕も日本を代表する野手になりたい」と誓いを新たにした。

 立大からドラフト3位で入団して2年目。三拍子そろったスイッチヒッターとして期待されたが、昨季は51試合出場の打率1割台にとどまった。そんな田中にとって幸運だったのは昨季の打席数が「59」だったこと。新人王の有資格(60打席以内)を失わないように、当時の梨田監督がチャンスを残していた。

 5月下旬に中堅のレギュラーに定着。リードオフマンとして引っ張った。「試合に出たい、試合に出たいと思って、その気持ちが頑張れた要因」。105試合で打率2割6分5厘、18本塁打、21盗塁の成績。8月1日のオリックス戦では左右両打席で本塁打を放った。

 福岡市出身で白球を追い始めた小学3年から両打ちだった。高校は西南学院。自身はもちろん、野球部の歴史でも甲子園の出場経験はない。「グラウンドは右翼が70メートルで、練習試合でいくら(柵を)越えてもエンタイトルツーベースというルールだった。左打席でホームランを打つには、レフトを狙うしかなかった」。最後の夏は福岡大会3回戦で敗れたが、逆方向への強打は高校時代に育まれた。

 自分を律するため、人知れず努力する意味という「冥々之志(めいめいのこころざし)」の4文字をグラブに縫い付けている。今秋は日米野球の侍ジャパン入りを果たし、ソフトバンクの柳田や上林、西武の秋山らハイレベルの外野陣に名を連ねた。「自分はまだまだ他の選手のレベルじゃない。今後も日の丸を背負って戦いたい気持ちが出た」。尽きない意欲が成長の原動力だ。

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 西南学院高・中原監督「ここまで活躍するとは…」

 西南学院高の恩師、中原将太監督は田中が2年の時に同校監督に就任。前年まで福岡市内の強豪校で指導してきた中原監督は「西南にこんな選手がいたなんて」と驚いたという。

 特に驚かされたのは田中の長打力。「打球は桁外れだった」。フリー打撃では右翼方向へ打つのを禁止していた。規格外の飛距離で打球が右翼を越えていくとサッカー部が練習しており、危なかったからだ。90メートルある左翼も防御ネットを軽く越えてしまうため、ネットの外に選手を守らせたほどだった。「飛距離は天性のもの。体の使い方が良かった」と当時から能力がずばぬけていた。

 高校時代の田中は「プロ」という夢を口にすることはなかった。それでも「高いレベルで野球をやりたい」と東京への進学を希望し、スポーツではなく指定校推薦で立大に進学した。「素直で周囲にうまく順応する能力があった。まさかプロになってここまで活躍するとは思っていなかった」と中原監督は教え子の飛躍を喜んだ。 (前田泰子)

=2018/11/28付 西日本スポーツ=

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