ソフトバンク移籍で輝き戻った西田 支えは帽子のつばに書いた「77」

西日本スポーツ

 ソフトバンク西田哲朗内野手(27)が4日、ヤフオクドーム内の球団事務所で契約を更改。50%アップの年俸1800万円(推定)でサインし、来年1月に岡山・倉敷で自主トレを行う予定を明かした。

 楽天から今季ソフトバンクに移籍。倉敷は、楽天が星野監督の時代から秋季キャンプを行っている場所だ。西田自身にとってはここ2年、嶋らとの合同自主トレで汗を流してきた地でもある。「楽天時代から練習しているところなんで」。キャンプ地だけにメインとサブの球場に、雨天練習場、ウエート室がそろい、勝手も分かっている。それと、理由はほかにもあった。

 「岡山でやりたいのは、もう一つ…星野さんの故郷でもあるんで。今年一年間、星野さんから最後にかけてもらった言葉も大事にプレーしてきた。そこ(倉敷)は変えたくないなって気持ちもあった。ホークスの先輩方に頼むっていう手もあったと思うんですけど」

 今年1月に他界した星野仙一氏。昨年11月、トレード直後に出席した楽天の球団納会でのことだった。「移籍しても、おまえは絶対やれるから。(ソフトバンク球団会長の)王さんにもしっかり伝えてるから、頑張れ。何かあったら連絡してこい」。球団副会長だった星野氏の言葉に勇気づけられた。

 ほとんどの人間が病状を知らされていなかった。「監督、痩せましたか?」。退任後もつい監督と呼んでいた西田が、他意なく聞くと「腰が痛くてな。ダイエットしとるんや」と笑っていた。勝負には厳しく熱く、グラウンドを離れれば温和な人だった。食事に出かけようとする選手をつかまえて「これで行ってこい」と、ポンと小遣いを渡す人だった。

 「僕は、星野さんが恩師と思ってるんで。あれだけ試合も使ってもらって、我慢してもらって」。関大一高からプロ入りし、2年目から4年間仕えた監督。星野監督最終年の2014年に自己最多の131試合に出場。最後の試合の4番打者でもあった。倉敷キャンプ中、星野監督が特守を見に来ると、黙っているのに空気がピリピリした。「見られているだけで力が入った」。その光景が、今もすぐ脳裏に浮かんでくる。

 「勝負に対する気持ちも教わった。(13年に)日本一も経験させてもらってるんで」。今春キャンプ前、宿舎の自室で、帽子のつばの左側に「77」と星野監督の背番号を書き込んだ。「生半可な気持ちになったときに、パッと目に入っただけで、あっと思えた」

 そして自身2度目の日本一を味わった。シーズン72試合出場は、14年に次ぐ自身2番目の数字だった。特に西武とのCSファイナルステージでは、故障離脱中だったショート今宮の穴を埋め、12打数7安打、打率5割8分3厘の大車輪。チームの「下克上」の立役者の一人になった。

 「リーグ優勝、日本一に向け、与えられた役割でしっかり活躍できるよう、精いっぱい頑張りたい。打率も残して、一年間1軍でプレーできるように、勝ちに貢献できるように頑張っていきたい」。シーズン打率は2割1分1厘にとどまった。終盤戦でつかんだ打撃の好感触を手に、年明けの倉敷で振り込むつもりだ。

=2018/12/04 西日本スポーツ=

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