「球拾い」宣告からの逆襲/ホークス1位・甲斐野央2

西日本スポーツ

東洋大姫路高時代に投手として大きく成長した甲斐野 拡大

東洋大姫路高時代に投手として大きく成長した甲斐野

 今秋のドラフトでホークスは支配下7人、育成4人の計11人を指名した。3年連続日本一を目指すチームに加わる平成最後のルーキーたちを紹介する。

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 東洋大姫路高(兵庫県姫路市)の野球部監督、藤田明彦はグラウンドを元気に駆ける甲斐野少年を鮮明に記憶していた。「長男(祐大)が野球部にいたころ…小学校低学年だったかな。よく学校に来たから覚えていた」。祐大の卒業から6年後の2011年6月、中学3年になった甲斐野は同じグラウンドにいた。

 「うちに入りたいと言うからプレー映像を見せてもらったけど『大したことないな』というのが正直な感想だった」と藤田は当時の印象を語る。見学に来た甲斐野にもはっきり伝えた。「3年間球拾いで終わるかもしれんぞ。やめておいた方がいいんじゃないか」

 甲斐野は同年10月のKボール(素材がゴムで球の大きさ、重さが硬球と同じ)全国中学生大会で打率7割近くと活躍し「自信はついた」が、どの高校からも誘いがない。家族会議で地元の公立校進学も選択肢に挙がる中、「あの言葉で火が付いた。藤田監督を見返してやる。絶対このチームで甲子園に行く」と東洋大姫路高を熱望した。

 入部した甲斐野の三塁守備を見て、藤田は目を見張った。「三塁線のゴロを逆シングルで取って、すぐさま矢のような送球。普通ならワンバウンドですよ。私は社会人野球出身だけど、その時の選手と遜色ない」と1年秋から三塁手でレギュラー起用した。

 2年になると入学時170センチ後半だった甲斐野の身長は185センチ近くになった。「地肩が強く、球の角度もつく。投手をやらせたら面白いかもしれない」(藤田)。突然の提案に甲斐野は「最初は無理だと思った」が、一度は立つことを諦めたマウンドの感触は最高だった。3年時には最速143キロに伸び、プロのスカウトから注目される存在に。20年近く同校を率いてきた藤田に「完全に予想の上をいった。私が見てきた中で一番成長した選手」と言わしめた。

 14年夏の兵庫大会5回戦で甲斐野は被安打4、10奪三振で完投したが、0-1で敗戦。甲子園には一度も行けなかった。涙を枯らした後、すぐに前を向いた。「甲子園が全てじゃない。絶対プロになってみせる」 (文中敬称略)

=2018/12/09付 西日本スポーツ=

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