5歳から憧れ続けた早実/ホークス3位・野村大樹1

西日本スポーツ

小学1年から本格的に野球を始めた野村。写真は小学2年時 拡大

小学1年から本格的に野球を始めた野村。写真は小学2年時

 今秋のドラフトでホークスは支配下7人、育成4人の計11人を指名した。3年連続日本一を目指すチームに加わる平成最後のルーキーたちを紹介する。

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 2006年夏。運命の分岐点だったのかもしれない。当時5歳だった大樹の脳裏には早くも、えんじでWASEDAの胸文字が入ったユニホームが鮮明に焼き付けられた。まぶしかったのは早実高の斎藤佑樹(日本ハム)。田中将大(ヤンキース)を中心に夏の甲子園3連覇を狙った駒大苫小牧高を相手に、決勝で再試合を含め2日間計24イニングを投げきり初優勝をつかみ取った。初めて高校野球を観戦した試合が、後世に語り継がれる一戦だった。

 2000年9月10日、いわゆるミレニアムの年に3300グラムで生を受けた。大樹と書き「だいじゅ」と読む。地中に根を生やし、大木のように育ってほしい-。野村家の一人っ子には、多くの愛情が注がれた。

 父大地(45)は阪神ファン。高校野球だけではなく、阪神戦を観戦するためにも一緒に兵庫県宝塚市の自宅から甲子園に足を運んだ。中学時代までに30回ほど訪れた大樹が阪神ファンになるのも必然だった。

 小学1年から軟式野球を始めたが、文武両道が一家の方針。小学高学年になると月-木曜日は塾に通い、野球の練習は週末だけという生活だった。念願かない、中高一貫の同志社中(京都)に合格。片道2時間かかる登下校は、読書に費やした。小学時代に探偵小説を読みあさったのも、趣味が読書の父の影響が大きかった。

 母恵美子(45)は「目標があるほどがんばれるタイプ」と大樹を語る。勉強も野球も同じだった。大阪福島シニアでは、今年の甲子園を春夏連覇した大阪桐蔭高の主将中川卓也や、巨人にドラフト2位で入団した増田陸(茨城・明秀学園日立高)がチームメート。その中で4番に座り、広島同1位の小園海斗(兵庫・報徳学園高)らとともにU-15(15歳以下)日本代表にも選ばれた。甲子園でプレーしたいという思いは強くなるばかりだった。

 進路に迷う中学3年の夏も甲子園に通った。この大会の中心にいたのは1年生、早実高の清宮幸太郎(日本ハム)だった。9年前に抱いた感情がよみがえった。「早実高で4番を打ちたい」。大学進学の道も開け、甲子園も目指せる。数ある選択肢から選んだのは、5歳の時に憧れた伝統校だった。 (文中敬称略)

=2018/12/14付 西日本スポーツ=

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