社会人で運命の出会い/ホークス4位・板東湧梧

西日本スポーツ

ピッチャーを務める大麻中時代の板東 拡大

ピッチャーを務める大麻中時代の板東

 今秋のドラフトでホークスは支配下7人、育成4人の計11人を指名した。3年連続日本一を目指すチームに加わる平成最後のルーキーたちを紹介する。

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 1995年12月27日、板東家の第2子として誕生した男の子は湧梧と名付けられた。「梧」の訓読みは「あおぎり」で、樹高20メートルほどに育つ高木「アオギリ」を指す。体重2900グラムで生まれた長男に、母美佐子(50)は「湧き出す水で木が成長するように、伸び伸びと大きく育ってほしい」との願いを込めた。

 野球好きだった祖父の影響もあり、小学4年で地元の少年野球チームに入った。その後、大麻中(徳島県鳴門市)の軟式野球部で力を付け、県内の強豪、鳴門高に進学。2年春から4期連続で甲子園に出場した板東が思わぬ形で脚光を浴びたのは、3年生エースとして臨んだ2013年夏の甲子園だった。

 準々決勝の花巻東戦。相手の2番打者は「カット打法」で一躍話題になった千葉翔太だった。当時から制球に自信を持っていた右腕は「ひたすらファウルばかり打たれてムキになった。絶対に四球だけは出したくなかった」。結果は5打席で計41球を投げさせられ、1安打4四球。一度も抑えることができなかった。「完敗だった。大会後、周囲から『カットされた投手だよね』と言われ続けた」と苦笑いする。

 「球児の聖地」を経験しても、プロへの思いはまったく芽生えなかった。高校で野球をやめて地元で就職しよう-。そう考えていた板東にJR東日本から誘いがあった。「悩んだ時期もあったけど、また野球ができるし、こんないい会社に入れるのは幸せ」と、社会人野球に足を踏み入れた。

 プロを輩出する強豪で自分を磨くうちに、プロに対する思いが増してきた板東にとって、入社2年目にチームへ加入した田嶋大樹(現オリックス)の存在は大きかった。「自分より1歳下なのにエースとして活躍していたのは悔しかった」。運命とも呼べる出会いだった。

 自慢の制球力に磨きをかけ、17年にドラフト1位指名された田嶋を追うようにプロへ。最速148キロ右腕が背負うのは、JR東日本グループのJR東日本東北からホークス入りし、沢村賞を獲得するなど活躍した摂津の背番号「50」だ。「プレッシャーは当然あるけど、自分の番号にしたい」。出世路線をひた走る。 (文中敬称略)

=2018/12/16付 西日本スポーツ=

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