親元を離れビッグに成長/ホークス5位・水谷瞬

西日本スポーツ

新入団選手会見で抱負を語る水谷 拡大

新入団選手会見で抱負を語る水谷

打席に立つ小学生時代の水谷

 今秋のドラフトでホークスは支配下7人、育成4人の計11人を指名した。3年連続日本一を目指すチームに加わる平成最後のルーキーたちを紹介する。

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 現役の日本人野手最長身となる192センチの水谷は、生まれた時から規格外だった。2001年3月9日、母智美(42)がナイジェリア人の前夫との間に授かった長男は体重3800グラムで誕生。智美は一瞬一瞬を大切に生きてほしいと願って「瞬」と名付けた。

 3歳になる前の水谷を連れて新幹線に乗った智美は車掌に声を掛けられた。「子どもさんの料金は支払われていますか」。未就学児は無料のはず。しかも水谷は口におしゃぶりをくわえていた。「それでも小学生に見えたんでしょうね」と智美は思い返して笑う。

 3歳ごろからサッカー、体操、水泳などを経験した水谷が野球に出合ったのは小学4年。友人の父が監督を務める地元愛知県津島市の少年野球チームで白球の魅力に引かれ、中学では硬式の愛知津島ボーイズに加入。1年から4番を任され、投手と一塁手を兼任した。その間も身長はぐんぐん伸び、中学卒業時には188センチになっていた。

 高校進学にあたって親元から離れることを決めた。「家にいたら苦しいときに逃げる場所になる。甘えを捨てて、高いレベルで挑戦したい」。中学3年時の15年、夏の甲子園を現地で観戦し、気になったのが島根県代表の石見智翠館高。「愛知から遠い、この学校で甲子園に立ちたい」と野球留学を決めた。

 だが高校では苦しんだ。1年時に右肘と左手首を故障。2年秋から外野のレギュラーをつかむも、恵まれた体を打撃に生かせない。迎えた今年の年明け。「ドラフトまであと10カ月。プロは厳しいのかな」と野球をやめようとも思った。そんなある日、たまたま手に取った高校野球雑誌の「ドラフト候補一覧」に目をやると自分の名前があった。「本当に小さな文字だったけど、うれしかった」

 3年になり、素質が一気に開花した。夏の島根大会準々決勝、出雲戦で2打席連続本塁打を放つなど持ち前の長打力を発揮。決勝で敗れて甲子園出場は果たせなかったが、インパクトを与えた。

 母は試合ごとに愛知から片道7時間半かけて車を運転して応援に駆け付けたほか、故障時には広島の病院にも連れていった。「自分一人じゃ野球は続けられなかった。プロで恩返ししたい」。水谷が福岡の地で親孝行に励む。 (文中敬称略)

=2018/12/17付 西日本スポーツ=

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