退団の松中まさかの“待った” 松田憧れの背番号3が…急転5

西日本スポーツ

 背番号5も急転“残留”が決定-。福岡ソフトバンクから海外フリーエージェント(FA)権を行使した松田宣浩内野手(32)が24日、福岡市中央区のヤフオクドーム内で会見し、ソフトバンク残留を表明した。米大リーグ移籍を断念したチームリーダーの残留に際し、球団は今季限りで退団した松中信彦内野手(41)がつけていた背番号3を用意したが、松中の意向を知った松田が、背番号変更を見送ったとみられる。

 会見場に現れた松田のエルメスのネクタイはチームカラーの黄色で、ロゴは「H」だった。20日の王会長の「俺は一緒にやると思っている」という電話で残留を決断。この日は米大リーグ複数球団の契約条件に「サード一本という話がなかった」とも明かした。

 王会長に報告すると「良かったな。頑張るぞ」の激励。工藤監督からは「本当にありがとう」と電話があった。来季をまっすぐ見据える中、唯一、前日から方向が変わったのは背番号3への変更。「そういう報道もあったんですけど」と、言葉を選んで説明した。

 「いろいろ考えた中、10年間つけていた5番を。僕は王会長から入団1年目に5番をいただいた。今回も王さんが電話をくださり(移籍を)思いとどまったので、その5番をつけたかった。5番のままいきたい」

 サードの象徴である長嶋茂雄氏に憧れ、日本代表では背番号3をつける。ホークスの背番号3は2000年から松中がつけていたが、今季限りで退団したために現在は空き番号となっている。これを受け継ぐ形で心機一転、プロ11年目の来季へ向かう構えだった。

 球団も松中に対し、松田に背番号3を与えることを打診していた。自ら申し出て退団した選手ながら、功労者へ異例の配慮をした形だ。王会長直々の働きかけで、松中も当初は承諾していたが、ここにきて当面は空き番号にしてほしい意向を松田と球団に示したという。

 そのため、今後もホークスのホットコーナーを守る松田が希望を取り下げた形だ。さらに今回の残留に際しての変更に意義を見いだしており、松中の望む“一時欠番”扱いの後の変更は望まないようだ。松田は会見後、変更しなかった経緯を「いろいろあるんですけど」と語るにとどめた。

 同席した代理人の中村佐和子弁護士は「球団にも(背番号3を)用意はしていただいた」と言う。三笠球団統括本部副本部長は「まあまあ、もう5番なんで」と詳細な説明を避け、なお続いた報道陣の質問を広報が制する一幕もあった。

 松田は吹っ切れて「松田イコール5番を印象づけたい」と思い直した。提示済みの4年16億円プラス出来高(金額は推定)で合意し、近く正式契約を結ぶ。「けがなく4年間、全試合出続けるのが今の目標。サードを守り抜きたい」。最後は愛車の前で報道陣の要望に応じ「熱男」のポーズ。「楽しくなってきた!」と持ち前の笑顔に戻った。(森 淳)

三笠副本部長「ホッとしている」

 松田の残留に、球団サイドからも安堵(あんど)の声が漏れた。海外FA権の取得を見据えて、シーズン中から残留交渉を続けてきた三笠球団統括本部副本部長は「とてもうれしい。ホッとしているし、よかった」と笑顔を見せた。    松田自身は20日の王会長からの電話が残留を決断する決め手となったことを明かしており、三笠副本部長は「(電話は)王会長が自発的にやってくれたこと。熱意が伝わったんだと思う」と、あらためて感謝の思いを口にした。

  松田一問一答「いい経験になったと思う」

 (記者会見で)

 -残留を決めた心境は。

 「ホークスに残り、野球をすると決めた。来季3連覇、4連覇、5連覇を目指して。すごいチームでやれるんだとうれしく思う」

 -思い悩んだのでは。

 「今回、日本や米国の代理人を通じ、僕がメジャーでどういう評価をされているかを知りたくて、海外FA権を行使した。複数の球団の方に興味を持ってもらった。これまでのプロ10年間は間違っていなかったとあらためて確認できた。いい経験になったと思う」

 -同僚や球団、ファンからは残留を望まれた。

 「皆さんから『ホークスに残ってくれ』『もう一回、日本一にしてくれ』という言葉をたくさん聞いた。でも、メジャーでもやってみたいという気持ちは日に日に(大きくなった)。行く覚悟を決めたけど、12月20日に王会長からご連絡をいただき『まだ俺は一緒にやると思っている』と言ってもらったとき『来年メジャーに行きます!』とはなかなか言えなかった」

 -チームのV10構想の軸としても期待される。

 「残る以上はチームの日本一のために一生懸命やらなきゃいけないし、新たな松田宣浩という選手もつくっていかなきゃいけない。2015年に『熱男』をやれたことは、これからの野球人生に一番大きかったと思う。来年はスローガンが変わるかも知れないけど、僕は『熱男』で」

 -来季の目標は。

 「やっぱりサードのポジションを自分が守るという気持ち。まだまだ打撃成績も上がる一方だと思っている。また来年、キャリアハイを目指して頑張る」

 (会見後)

 -家族や年齢は決断の要因になったか。

 「家族はどこでもついて行くと言ってくれていた中での宣言。32歳というのがどうかなという思いはあった。メジャーに行く選手はやっぱり20代かなという思いも多少ありつつ…ちょっと遅かったかなと。来年33歳なので。でもこれから僕はどんどん伸びると思う。野球選手の一番旬な時期に入ると思うので、日本の球界、ホークスでやりたかったというのもある」

 

PR

福岡ソフトバンクホークス アクセスランキング

PR

注目のテーマ