被災が転機「野球楽しむ」/ホークス育成1位・渡辺陸

西日本スポーツ

捕手を務める中学時代の渡辺 拡大

捕手を務める中学時代の渡辺

 今秋のドラフトでホークスは支配下7人、育成4人の計11人を指名した。3年連続日本一を目指すチームに加わる平成最後のルーキーたちを紹介する。

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 2000年9月24日、渡辺家の次男は3810グラムで誕生した。母桃子(42)と父佳樹(44)は「大陸のように広い心、大きな体を持つ人に育って」と思いを込め「陸」と名付けた。

 渡辺は熊本県西原村の山西小2年で2歳離れた兄凌(20)と同じく同村学童野球クラブに入った。「小さいころは互いにライバル心むき出しで、兄弟でキャッチボールする姿を見たことがなかった」(桃子)と当時から負けず嫌い。強肩を買われ、5年時に内野から捕手に転向した。

 ホークスには以前から縁があった。毎年1度は家族でヤフードーム(現ヤフオクドーム)に行った。渡辺が目を奪われたのは、04年に三冠王を獲得した松中。「同じ左打者。ああいう選手になりたい」。西原中3時には硬式の熊本大津リトルシニアの主将としてホークスカップに出場し、憧れの球場で優勝を飾った。

 鹿児島・神村学園高に入学直後の16年4月14日。忘れられない出来事が起きた。渡辺は西原村の実家にいた。学校の寮でインフルエンザが流行し、自宅待機を命じられていた。午後9時すぎ、風呂に入っていると突然ドンという強烈な突き上げを感じた。熊本地震の前震。「死ぬんじゃないかと思うくらい怖かった」。母は県内の高校に通っていた兄を迎えに行っており、トラック運転手の父は県外へ仕事に出ていた。停電した暗闇となった中、渡辺は携帯電話の光を頼りに1人で不安な時を過ごした。

 熊本地震で同村からの死者は関連死も含めて9人。渡辺の同級生の多くは家が全壊した。渡辺の自宅は無事だったが、16日の本震で家の中がめちゃくちゃになり、約1週間、母、兄と3人で車中泊をした。

 渡辺は1年冬に腰を痛め、約2カ月、練習できなかった。腐りそうになった時、被災した友人たちの顔が浮かんだ。「野球ができない人の分まで楽しんで一生懸命やらないと」。2年秋にレギュラーをつかみ、5番を任されるなど成長。3年夏は鹿児島大会初戦で敗れ、甲子園でのプレーはかなわなかったが、縁が深いホークスに入団できた。「災害は自分の力でどうすることもできないけど、野球で被災した人に元気は与えられる」。古里への思いが活躍の原動力となる。 (文中敬称略)

=2018/12/20付 西日本スポーツ=

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