女子バレー日本代表・JT小幡真子、「守護神」定着目指す

西日本スポーツ

 バレーボール女子日本代表のリベロとして昨秋の世界選手権で飛躍を遂げたVリーグ1部、JTの小幡真子主将(26)=長崎・九州文化学園高出身=が中田ジャパンの「守護神」定着を目指す。日本が世界ランキングと同じ6位に終わった世界選手権では「ベストレシーバー部門」でトップに輝いた。中田久美監督(53)が「人生を懸ける」と言い切る東京五輪まであと1年半。守備のスペシャリストがメダル復活へのキーマンになる。

 アイドル並みの脚光を浴びるスパイカー陣ほど派手ではない。それでも連日ゴールデンタイムで生中継された世界選手権で「コバタ・マコ」の名前は広まった。164センチの体を躍動させながらボールを何度も拾い上げた。「全試合で使っていただき、通用したと感じた部分があった」。サーブレシーブの総数や、セッターがトスを上げやすいパスを返した数などから算出した数字(46・25%)で「世界1位」の勲章を手にした。

 忘れられない「日付」と「言葉」がある。成長株の黒後愛(東レ)らとともに初めて日本代表に選出された2017年。中田監督率いる新生ジャパンが本格始動した5月16日だった。訓示で、聞き慣れない言葉が小幡の耳に飛び込んできた。

 「今から私たちがやることは『国家プロジェクト』だからね」

 東京五輪でのメダル復活を使命とする中田監督の不退転の決意。「ずしっときた。安倍晋三首相の取り組みと同じくらい重要なことなのかと」

■挫折経験し成長

 17年夏に開催されたアジア選手権ではベストリベロに輝き、日本を優勝に導いた。挫折は直後に訪れた。強豪ブラジルを破りながら、6チーム中5位に終わった同年秋のワールドグランドチャンピオンズカップ。「長所と思っていたレセプション(サーブレシーブ)をズタボロにされた」。米国の選手に狙い打たれ、セッターに正確なパスを供給できなかった。

 小幡が立ち直るきっかけに挙げたのがリベロの原点だった。スパイクが打てなくても、ブロックができなくても、床にボールが落ちさえしなければ負けない競技。「リベロはそれが一番できるポジション。1本目をきちんと止めること、1本でも多く拾うことに存在価値がある」。ミスを恐れるのではなく、自分のところに飛んでこいと思えるようになったという。

 「駆け引き、読み、位置取り、瞬時の判断力…。もっと磨いてスパイクのレシーブ力も上げたい」。バレーボール女子で1964年東京五輪を制した日本代表は「東洋の魔女」と呼ばれた。26歳の“守護神”が新たな伝説をつくる一員となる。 (西口憲一)

◇母は久光製薬でプレー

 バレーボール選手としての“DNA”は親から受け継いだ。母りえ子さん(57)は1980年代前半、久光製薬に在籍。現役時代はライトで引退後はマネジャーとしてチームを支えた。会社の支援、裏方の苦労を知るだけに小幡には常々「好きなことに打ち込めるのはJTの方々のおかげだからね」と言い聞かせてきたという。小幡の大好物は、そんな母の作る煮込みハンバーグ。帰省時に口にするときが至福の瞬間だ。

■熊本県上天草市出身

 ◆小幡真子(こばた・まこ)1992年8月15日生まれ。天草四郎の故郷である熊本県上天草市大矢野町出身。中南小4年で競技を始める。大矢野中から九州文化学園高に進学。高校時代は「春高」を含めて日本一に届かなかった。2011年に日体大へ進み、主将を務めた14年は全日本大学選手権を制し最優秀選手(MVP)を受賞。15年にJT(大阪)入りし、18~19年シーズンから主将。ポジションは高校2年からリベロ一筋。最高到達点284センチ。

◆リベロ

 攻撃に参加しない守備専門の選手。イタリア語で「自由」を表す。選手交代回数の枠外にあり、試合中に後衛の選手と何度でも交代できる。監督の指示を伝える役割も担うためコミュニケーション能力も求められる。日本代表のリベロとして知られているのが2012年ロンドン五輪で28年ぶりの銅メダル獲得に貢献した佐野優子。昨秋の世界選手権は井上琴絵(CSMブカレスト)と小幡が務めた。

=2019/01/20付 西日本スポーツ=

PR

バレー アクセスランキング

PR

注目のテーマ