突然走りまくったダイエー 災害にも立ち上がった【平成3年のホークス】

西日本スポーツ

災害見舞金を手渡すダイエー・田淵監督(平成3年6月) 拡大

災害見舞金を手渡すダイエー・田淵監督(平成3年6月)

ダイエー・大野(平成3年)

 ソフトバンクが本拠地を福岡に移して30周年を迎えた。移転最初のシーズンは平成元年。弱小から常勝へと変貌した「平成のホークス」の歩みを振り返る。

 ◆1991(平成3)年=5位/53勝73敗4分け 勝率・421

 移転3年目、シーズン中の6月に長崎県の雲仙・普賢岳で火砕流が発生した。直後に田淵幸一監督が福岡市の西日本新聞民生事業団を訪れ、見舞金100万円を手渡した。報道を見た選手会から「災害救援の一助として見舞金を送りたい」と田淵監督らに申し出があり、球団で選手、監督、コーチ、職員らが寄せた救援金をまとめたものだった。

 この年、ダイエーのチームスローガンは「Action Baseball‐嵐を起こせ鷹軍団‐」。前半戦で10勝の村田勝喜、ストッパーに転向した池田親興の活躍などでシーズン折り返しを過ぎた72試合時点で勝率5割をキープしていたが、その後は20本塁打を放っていた岸川勝也の故障離脱などもあり厳しい戦いが続いた。それでも勝率3割台だった90年よりは改善。最下位からも脱出して5位で終えた。

 スローガン通りの嵐を起こすには至らなかったとはいえ、この年は機動力で旋風を起こした。前年は61個でリーグ最少だった盗塁数が、倍以上となる141個で両リーグトップ。阪神から移籍1年目の大野久が42盗塁でタイトルを獲得し、佐々木誠、湯上谷宏も含め3人が30盗塁以上をマークした。

 オフに新浦寿夫(大洋)が大塚義樹とのトレードで加入した。ドラフト会議では1位指名で4球団が競合した駒大・若田部健一の交渉権を獲得。平和台球場ラストイヤーを前に注目の右腕が入団した。2位は作山和英、3位は浜名千広で上位3選手が大学生。入団した9人のうち大学・社会人出身が6人だった。

=2019/02/05 西日本スポーツ=