ミッチェル消えた「美容院が心配」 小久保4番で開花【平成7年のホークス】

西日本スポーツ

 ソフトバンクが本拠地を福岡に移して30周年を迎えた。移転最初のシーズンは平成元年。弱小から常勝へと変貌した「平成のホークス」の歩みを振り返る。

 ◆1995(平成7)年=5位/54勝72敗4分け 勝率・429

 王貞治監督の就任1年目はオーストラリアのゴールドコーストで始動した。16日間の春季キャンプは中盤までは天候に恵まれ予想を上回るペースで練習を消化。しかし終盤は5日連続の雨にたたられ、ペースダウンを余儀なくされた。

 94年シーズン後に西武から工藤公康、石毛宏典がFA移籍したのに加え、補強の手を緩めないフロントは開幕前に現役メジャーリーガーで本塁打と打点の2冠に輝いたこともあるケビン・ミッチェルを獲得。入団時には「サダハル・オーを胴上げするために呼ばれた」と殊勝に語り、開幕戦の来日初打席で満塁ホームランを放つなど大きなインパクトを与えたが、徐々にその本性を現した。

 5月になって無断帰国。「米国で経営しているアパート、美容院が心配になった」が理由だった。その後球団に改心を告げ復帰も、右膝痛の再発を理由に8月に再帰国。日本に戻ってくることはなかった。

 ミッチェルの活躍もあり4月は14勝9敗と開幕ダッシュに成功したダイエーだが、その後は故障者が続出。前半戦は5位、そのまま後半戦も浮上できずに5位のままシーズンを終えた。リーグ2位のチーム打率とは対照的にチーム防御率が最下位。バランスの悪い野球で2年連続の勝率5割には届かなかった。

 もっとも、低迷の中でも次世代につながる風は吹いていた。王監督が8月から4番に本格起用した2年目の小久保裕紀が28発で球団の移転後初となる本塁打王。ゴールデングラブ賞を工藤公康(投手)、秋山幸二(外野手)、小久保(二塁手)とチームをけん引していくことになる3人が受賞した。

 オフにはトレードで日本ハムから武田一浩、松田慎司ら、ヤクルトから柳田聖人、河野亮を獲得。秋のドラフトでは1位で南京都高の右腕、斉藤和巳を指名した。

=2019/02/09 西日本スポーツ=

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