21年ぶりAクラスの悲喜 オリックスと開幕権で火花【平成10年のホークス】

西日本スポーツ

 ソフトバンクが本拠地を福岡に移して30周年を迎えた。移転最初のシーズンは平成元年。弱小から常勝へと変貌した「平成のホークス」の歩みを振り返る。

 ◆1998(平成10)年=3位/67勝67敗1分け 勝率・500

 優勝した西武でも70勝61敗4分け、勝率・534で貯金2桁に届かなかった中、王貞治監督4年目のダイエーは終盤までペナント争いに加わった。

 チーム打率・264はリーグ5位にとどまったものの課題の投手陣が大きく上向いた。チーム防御率は97年の4・26から4・02へと改善。投打で個人にもスポットが当たり、秋山幸二が300二塁打と400本塁打、工藤公康が150勝の通算記録を達成。移籍3年目の武田一浩が13勝、吉田修司が21ホールドでいずれもタイトルを獲得した。

 そしてこの年、負け癖が染み付いていたチームの歴史が苦しみながらも変わった。ダイエーは10月4日にシーズン終了。5連敗フィニッシュで貯金を全て吐き出すさえない幕切れだった。この時点で3試合を残す3位オリックスに0・5ゲーム差の4位、同じく3試合を残す5位近鉄とも0・5差。AクラスかBクラスか…果たして5日後の9日、オリックスは西武とのダブルヘッダーに連敗してシーズンを終え、ダイエーと勝率5割で並んだ。パ・リーグは勝率で順位を決めるため両チームが3位。ダイエーにとっては実に21年ぶりのAクラスが確定した。

 「これまで人ごとだった(優勝争いを)選手が自分のことと受け止められたのはいい経験」と喜んだ王監督だったが、この後、問題が起きた。当時はその年の順位で上位3チームに与えられていた翌年の開幕試合開催権だ。67勝67敗1分けのダイエーはオリックス(66勝66敗3分け)より勝ち数が多いことなどを主張、一方のオリックスは順位決定戦の開催案を示すなどすったもんだの展開の末、結局は前年順位で上だったオリックスが獲得した。ダイエーにとっては最後の5連敗が結果的に響いた格好で、福岡移転後初の開幕試合開催は幻となった。

 テスト入団1年目の西村龍次が5年ぶりの2桁勝利でカムバック賞を受賞。2年目の柴原洋がリーグ4位の打率・314をマークするなどしてベストナインに選ばれた。日本赤十字社を通じ工藤がカンボジア地雷撲滅基金に寄付、村松有人が車いすを寄贈。秋のドラフトでは1位で吉本亮、2位で松修康、3位で小椋真介を指名した。

=2019/02/12 西日本スポーツ=

PR

福岡ソフトバンクホークス アクセスランキング

PR

注目のテーマ