小久保まさかの0円放出 斉藤20勝「4本柱」誕生【平成15年のホークス】

西日本スポーツ

 ソフトバンクが本拠地を福岡に移して30周年を迎えた。移転最初のシーズンは平成元年。弱小から常勝へと変貌した「平成のホークス」の歩みを振り返る。

 ◆2003(平成15)年=1位/82勝55敗3分け 勝率・599

 就任9年目の王貞治監督が掲げてきた豪快な野球が完全に開花し、4年ぶりの日本一を成し遂げた。

 不安要素を抱えての開幕だった。前年に引退した秋山幸二の後を受け継ぐようにチームの大黒柱となった小久保裕紀がオープン戦で本塁クロスプレーの際に負傷。右膝前十時靱帯(じんたい)断裂の選手生命が危ぶまれる大けがで、チームは不動の4番を欠いてシーズンに向かうことになった。

 帽子に小久保の背番号9を記すなど主砲の思いを背負ってまとまったナインはたくましく勝ち続けた。井口資仁、松中信彦、城島健司、バルデスの中軸が史上初の「100打点カルテット」を形成。小久保が守っていた三塁には4年目の川崎宗則が入り一気にブレークした。

 この年の打線は破壊力がすさまじく、村松有人、柴原洋ら充実の陣容でチーム打率はプロ野球記録の・297。7月27日のオリックス戦では1試合32安打のプロ野球記録で26-7、その5日後に再びオリックス戦で29-1と手がつけられない状態だった。

 課題だった投手陣も陣容が一変。8年目の斉藤和巳がプロ野球新(当時)の先発16連勝を含むリーグ18年ぶりの20勝でブレークした。2年目の杉内俊哉が10勝、いずれも新人の和田毅が14勝、新垣渚も途中離脱したが8勝を挙げ、その後のローテの中核を担う「先発4本柱」が誕生した。

 チームは西武戦22年ぶりの勝ち越しも決め完全優勝で3年ぶりのリーグ制覇。日本シリーズは史上初めて全試合でホーム球団が勝つ「内弁慶シリーズ」となり、星野仙一監督率いる阪神に4勝3敗で勝った。

 球界に激震が走ったのは日本一達成から1週間後の11月3日だ。ダイエーは小久保の巨人への無償トレードを発表。けがでシーズンを棒に振ったとはいえ、働き盛りの主力を0円で放出するという前代未聞の事態だった。球団社長のワンマンぶりが問題となっていた中でのフロントの暴走に王監督は「チーム崩壊につながる」と嘆き、選手会は猛反発。12月に予定されていたハワイ優勝旅行のボイコットを宣言した。

 その後、親善試合で遠征した台湾で選手会長の松中がフロントと話し合うなどしてどうにか和解。中止を回避した優勝旅行には選手の参加が9人にとどまるなど、後味の悪さが際立つシーズンとなった。

=2019/02/18 西日本スポーツ=

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