3連覇阻まれたプレーオフ ベンチ殴った杉内がMVP【平成17年のホークス】

西日本スポーツ

 ソフトバンクが本拠地を福岡に移して30周年を迎えた。移転最初のシーズンは平成元年。弱小から常勝へと変貌した「平成のホークス」の歩みを振り返る。

 ◆2005(平成17)年=2位/89勝45敗2分け 勝率・664

 ダイエーから球団買収したソフトバンクが1月30日に発足イベントをヤフードーム(命名権売却により福岡ドームから改称)で開催し、ユニホームや球団スローガン「めざせ世界一!」などが発表された。

 前年は2位西武に4・5ゲーム差をつけてシーズンを1位通過しながらプレーオフで敗れたチームは、規定のアドバンテージ1勝をプレーオフで得るため「2位に5差」を目指して始動した。開幕戦で柴原洋が逆転3ランを放ち、故障で出遅れた斉藤和巳に代わって初の開幕投手を務めた和田毅が快投。孫正義オーナーも見守る前でソフトバンク初勝利を挙げた。

 その後もプロ野球34年ぶりのシーズン15連勝などで順調に白星を重ねたが、立ちはだかったのがバレンタイン監督が復帰して2年目のロッテだ。ソフトバンクは6月末時点、シーズンの半分以上を消化して勝率6割8分ながらも2位。その後ロッテを抜いて首位に立っても「5差」の呪縛は解けなかった。

 最終的に王貞治監督就任後の最多となる89勝でシーズンを1位通過も2位ロッテとは4・5差。プレーオフは2勝3敗でロッテの前に敗退した。仮にプレーオフがなければ03年から3連覇だったが、規定により成績は2年連続2位となった。

 前年の“ベンチ殴打事件”を糧に開幕から勝ち続けた杉内俊哉が18勝を挙げMVP、沢村賞。斉藤は4月末の初登板から03年に続き2度目、開幕からではプロ野球タイ(当時)の15連勝をマークし、最終的に16勝1敗で勝率1位のタイトルを獲得した。

 前年三冠王の松中信彦はすごみを増した。7月に西武のエース松坂大輔からサヨナラを含む1試合3本塁打。前年を上回る46発で史上初の3年連続120打点以上をマーク、2年間でリーグ打撃3部門中6分の5を独占したがプレーオフでは16打数1安打でまたブレーキとなった。来日3年目のズレータは球団の外国人で初の40発超となる43本塁打を記録した。

 9月に自打球で左すねを骨折して戦列を離れた城島健司は、グラウンドに戻れないままシーズン終了。オフにFA権を行使し日本選手の捕手として初めて米メジャーのマリナーズへ移籍した。

=2019/02/20 西日本スポーツ=

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