荒れすぎ新垣25暴投 「王-秋山」新体制も不発【平成19年のホークス】

西日本スポーツ

 ソフトバンクが本拠地を福岡に移して30周年を迎えた。移転最初のシーズンは平成元年。弱小から常勝へと変貌した「平成のホークス」の歩みを振り返る。

 ◆2007(平成19)年=3位/73勝66敗5分け 勝率・525

 06年7月に胃の全摘手術を受け休養していた王貞治監督が手術から7カ月を経て春季キャンプ初日の2月1日にユニホーム姿で復帰した。05、06年に2軍監督を務めた秋山幸二氏は野手総合コーチとして1軍に昇格。打線の再建を担った。

 横浜からトレードで獲得した多村仁、松中信彦、巨人から4年ぶりに古巣復帰した小久保裕紀の「TMK砲」に注目が集まったが、思うように機能しない。川崎宗則ら主力の故障者も相次ぎ、不振にあえいだ松中は9月に右脚を痛め6年ぶりに登録抹消された。

 投手陣は杉内俊哉、和田毅が2桁勝利を挙げた一方で、古傷の右肩筋疲労のため夏場から中10日以上の変則的な間隔での登板が続いたエース斉藤和巳は6勝にとどまった。06年まで3年連続2桁勝利の新垣は制球に苦しみ7勝。シーズン25暴投はプロ野球記録だった。奮闘したのは抑え3年目の馬原孝浩で球団新の38セーブを挙げタイトルを獲得。優勝争いが大詰めを迎えた9月には連投ながら4イニングを投げた試合もあった。

 この年から、04年から3シーズン行われたパ・リーグのプレーオフを発展させる形でセとともにクライマックスシリーズ(CS)が始まった。「シーズン1位=シーズン優勝」とルールが変わり、3位のソフトバンクは第1ステージで2位ロッテと対戦。シーズン同様に思うような戦いができず1勝2敗に終わり、プレーオフも含め初めて第1ステージで敗退した。第1戦に先発した斉藤は翌年から長期離脱したため、結果的にこのCSが現役最後のマウンドとなった。

 2年目の本多雄一がチーム最多の151安打、リーグ2位の34盗塁でブレーク。秋のドラフトでは6球団が1位競合した大場翔太(東洋大)の交渉権を王監督が引き当てた。

=2019/02/22 西日本スポーツ=

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