「平凡」を望まれた世界最速スイマー【競泳・渡辺一平の素顔】

西日本スポーツ

 4月2日に開幕する競泳の日本選手権(東京辰巳国際水泳場)で、自身の持つ男子200メートル平泳ぎの世界記録更新を宣言している渡辺一平(22)=大分県津久見市出身。2020年東京五輪での金メダルも公約するなど193センチの身長と同じく目標もビッグだが、母成子(52)は当初息子に「平凡」を望んでいた。母の期待と裏腹に、普通の少年が大型スイマーへと成長した歩みとは。(末継智章)

■好物は冷ややっこ

 1997年3月18日。長男を産んだ成子の頭に「一平」という名前が浮かんだ。「一」は4人目の子で初めての男の子だから。一方で「平」には「平凡な子でいい」という願いを込めた。

 成子「私が30歳になった直後。女の子が3人続いた後にできた男の子で、義父は『跡取りだ』と期待していた。でも私にとっては4人ともみんな同じ。だから平凡な子でよかった。『男の子やけんって、特別扱いせんでな』と伝えた」

 母の願い通り、一平は3人の姉に囲まれておとなしい子に育った。

 成子「小学生の時。育ち盛りで『腹減ったー』と言って帰ってきても、冷蔵庫の中をあさることはなかった。姉たちの方が強かったので、食べ物の取り合いもなかった」

 一平が190センチを超える長身スイマーになったことについて、小学生の時に給食の牛乳を1人で22パックも飲んだ“伝説”が有名だ。しかし成子には牛乳好きだった記憶はない。それどころか2、3歳ごろまではアトピーがひどく、治療に効くと聞いてウーロン茶入りの風呂に入れていた。

 成子「家に必ず1リットルの牛乳パックを1本置いていたけど、私が好きだったから。幼稚園に通いだすとアトピーはなくなったけど、家では一年中麦茶を飲んでいた。自ら好んで食べていたのは豆腐にねぎをかけた冷ややっこ。中学の3年間で30センチ伸びたので、給食が良かったのかな」

 8歳の一平に「つくみジュニアスイミングクラブ(JSC)」で水泳を始めさせたのは、長姉が小学校高学年になっても泳げなかったことに危機感を抱いたのがきっかけ。成子は一平を水泳選手に育てるつもりはみじんもなかった。

 成子「私自身泳ぐのが大嫌い。指導者の小野信一郎コーチは大分大出身で(平泳ぎでシドニー五輪まで3大会連続で出場した)林享さんの元チームメート。でもしばらくたつまで、林さんのことも知らなかった」

■意識変えた荻野、瀬戸らとの出会い

 一平はつくみJSCでコーチが定めたタイムを切るまで練習を終えられず、よく泣いていた。父の謙司(62)はそんな息子が中学2、3年ごろに変わったと記憶する。

 謙司「国立スポーツ科学センターの合宿に初めて呼んでもらった時。坂井聖人君や瀬戸大也君、萩野公介君といった年上の人たちの練習を見て『格好良い』と言い出した。きつい練習をきついとひと言も言わず、楽しそうに泳ぐ姿が格好良い、と。それから本人も目標を持ち、進んで練習するようになった」

 気付けば佐伯鶴城高3年だった2014年に南京ユース五輪の男子200メートル平泳ぎで金メダル。その2年後にはリオデジャネイロ五輪の同種目に出場し、準決勝で五輪新記録をたたき出した。

 謙司「正月明けまで全然タイムが伸びていなかったので、五輪に出るどころか五輪新を出すなんて予想していなかった。決勝では6番だったけど、初めてにしては立派なもんやと思う」

 その後、17年1月に世界新記録を樹立。実家では変わらずごろごろ寝ている青年は、今や世界屈指のスイマーとして国内外で注目を集める存在になっている。そのギャップに成子は戸惑いつつ、息子に言い聞かせていることがある。

 成子「自分の子でありながら住む世界が違い、アドバイスできない。ただ、卒業後も大学で泳げる環境に感謝せないかん。世界記録を持っている人が一番偉いわけじゃない。もちろんメダルを取ってほしいし、期待に応えてほしいけど、五輪に出られなくても人間的に大きくなればいい」

 どれだけ有名になっても平凡に-。その思いは、津久見市の基幹産業である石灰鉱山の関連会社で定年後も働き続ける謙司も抱いている。

 謙司「知らない間に人間は地位が高くなるとやることが派手になり、考え方も派手になる。メディアの前で大きなことを言っているのは、口に出すことで自分を追い込んでいるのだと思う。ただ、もう一度初心に帰って臨んでほしい」(文中敬称略)

【もう一つの由来「俺の空」】

 「一平」の名の由来にはもう一つある。成子と相談する前、謙司も偶然同じ名を考えていた。大好きだった本宮ひろ志作の人気漫画「俺の空」に出てくる主人公、安田一平からとったという。「世界にはばたくお金持ちで女の子にもてる主人公の超格好良い生き方にあやかった」。早大を卒業した一平は今春から世界的企業のトヨタ自動車に所属。命名当時、謙司が願った人生の方を歩みつつある。

=2019/03/28 西日本スポーツ=

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