丸山次は世界王者 平成最後の死闘 阿部に“連勝”

西日本スポーツ

延長戦の末、阿部一二三(右下)を破り叫ぶ丸山城志郎 拡大

延長戦の末、阿部一二三(右下)を破り叫ぶ丸山城志郎

 ◆全日本選抜柔道体重別選手権最終日 男子66キロ級(7日・福岡国際センター)

 丸山城志郎(ミキハウス)=宮崎市出身、福岡・沖学園高卒=が平成最後の死闘を制した。13分を超える激闘の末、世界選手権2連覇中の阿部一二三(日体大)を破って2連覇を果たした。大会後に世界選手権東京大会(8月25日~9月1日・日本武道館)代表が発表され、同級は丸山と阿部がともに選出。阿部有利と見られていた東京五輪代表は完全にマッチレースとなった。

 試合時間は13分を経過していた。男子66キロ級決勝。足がふらつきながらも攻め合う壮絶な死闘を制したのは国際大会3連勝中の丸山だった。「心理的な駆け引きはない。ただ、投げて勝ちたい思いで技に入った」。本能的に繰り出した浮き技で技ありを奪い、阿部に優勢勝ち。「我慢して勝ち切れた。素直にうれしい」と万雷の拍手を受けながら雄たけびを上げた。

■最大のライバル

 昨秋のグランドスラム大阪決勝で破ったライバルとの再戦。延長に入ってから1分37秒後、二つ目の指導を与えられて追い込まれた丸山の意地がここから牙をむいた。「指導を取り返すのは不可能。投げて勝つしかなくなった」。よりどころにしたのが内股。バルセロナ五輪65キロ級7位の父・顕志さんに教わった。小学高学年時に住んでいた福岡市内の高層マンションで非常階段を駆け上がり、脚力を鍛えながら得意にしてきた生命線だ。何度も相手を跳ねあげながら流れを引き寄せ、最後は意表を突く投げ技で世界王者を破った。

 柔道界屈指の人気を誇る阿部に対抗意識を燃やしてきたが、昨夏のジャカルタ・アジア大会決勝で韓国選手に敗れ、約1カ月後の世界選手権でライバルが優勝。東京五輪が遠のき、失意に陥りかけた丸山を救ったのが天理大で師事する穴井隆将監督だった。「阿部、阿部って言うけど、もういいじゃない。自分の柔道をしよう」。ロンドン五輪100キロ級代表で、男子代表の大黒柱として重圧を背負い続けてきた経験からくる助言だった。

■“故郷”の福岡で

 「毎日2人で熱く話し合い、監督の前で練習中に泣いたこともある」。丸山は誰に対しても内股を決められる闘いを追い求め、技に入るスピードを磨いてきた。「若い頃からみんなが活躍を見て期待している阿部選手と闘うには覚悟がないとできない。素晴らしい選手で、私にはまねできない」。穴井監督は、まな弟子の姿に男泣きした。

 関東の高校から転校し、沖学園高3年時も1年間を過ごした福岡で観客を沸かせる平成最後の死闘を演じ、世界選手権代表の切符を初めて獲得した。「まだここは五輪までの過程。世界選手権、そして父も出た五輪で優勝し、穴井監督を男泣きさせておやじを超える」。令和に入っても続くライバルとのマッチレースを制し、歓喜の涙を流す。 (末継智章)

=2019/04/08 西日本スポーツ=

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