ソフトバンクルーキー嘉弥真に重ねた森福と篠原の姿

西日本スポーツ

ソフトバンクルーキー 黄金時代の主役たち ドラフト5位・嘉弥真新也

 ホークスとの接点は、宮崎にあった。今年2月。春季キャンプ中だったソフトバンク2軍と練習試合を行ったJX-ENEOSはその後、当地で社会人同士のオープン戦を行っていた。先発は沖縄・ビッグ開発クラブから移籍1年目の左腕・嘉弥真。偶然見ていたのがソフトバンクの関東担当スカウト田口昌徳だ。

 小柄な左腕。上、横手の使い分け。技術的には入団当時の森福を想起しながら「打者に向かっていく度胸がいい。篠原(貴行=現横浜)みたいだ」と感じていた。2軍バッテリーコーチから転身し、スカウト1年目。予備知識はない。細身の体。てっきり、高校を出て間もないだろうと思ったら、社会人通算4年目で指名可能と知った。本格的な調査が始まった。

 チームには同じ沖縄出身で1学年上の左腕・大城基志(宜野座高-名桜大)がいて、即戦力と期待されたのは大城の方だった。近鉄でプレーした監督の大久保秀昭は嘉弥真に対して、1年目は救援、2年目に先発との青写真を描き、まず「左打者を抑えろ」と命じた。

 鍛え上げたのは日本ハムで272試合に登板した投手コーチ高橋憲幸だ。172センチ、62キロの左腕に力でねじ伏せる投球は望めない。課した練習は徹底していた。ある日は直球だけ、ある日はスライダー。投球練習で同じ球種を同じところへ投げ込ませ「制球命」と形で示した。130キロ台半ばの球速は夏に140キロを超えたが、数字以上に打者のファウルが増えた。

 田口は高橋と日本ハムでバッテリーを組んだ間柄。本音で聞いた。「ハートが強い。ハングリー精神もある」。自身の見立てと一致した。折しもスカウト部長の永山勝から各担当スカウトに「ワンポイントでいいから左はいないか」と連絡が入っていた。田口は拳を握った。その手が震えた。

 9月の秋季神奈川県大会。嘉弥真は東芝戦で被安打1、打者27人の“準完全試合”を演じる。日本ハム、ヤクルトら他球団が注目し始める中、田口は満を持して永山に練習と試合をチェックしてもらい、ここで指名方針が固まった。全国デビューとなった都市対抗1回戦。緊張から制球が乱れ救援1回降板となったが、評価は不変だった。

 ドラフト順位は5位だった。「ああ? いま何て?」。テレビもラジオもつけていなかった石垣島の両親だけが、知人から殺到した電話が何のことか分かっていなかった。 =敬称略

 (森 淳)

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