柔道の上岡憲司氏死去 50歳 北九州の大蔵中を強豪校に

西日本スポーツ

指導する大蔵中柔道部の部員たちと写真に納まる上岡憲司監督(後列左端)=2015年1月 拡大

指導する大蔵中柔道部の部員たちと写真に納まる上岡憲司監督(後列左端)=2015年1月

 北九州市八幡東区にある柔道の乳山(ちやま)道場の館長で、八幡東区の大蔵中柔道部を監督として全国屈指の強豪に育てた上岡憲司(うえおか・けんじ、現姓三島=みしま)氏が17日午後2時40分、心筋梗塞のため八幡東区の病院で死去した。50歳。北九州市小倉北区出身。葬儀・告別式は19日正午から北九州市小倉北区江南町4の20、北九州典礼会館で。喪主は妻恵理子(えりこ)さん。

 出身の国士舘大で指導後、親族が経営する幼稚園、保育園に自身が励み、礼節を重んじる柔道を通した教育を導入。園長となって園内に乳山道場を開設し、小中学生を指導して少年柔道の育成に尽力した。大蔵中の外部指導員の監督として選手を自宅に寄宿させて稽古を重ね、サニックス旗福岡国際中学生大会などで優勝した。

 柔道とともにサッカーなどスポーツを奨励。小中学校同窓のボクシング元世界王者、鬼塚勝也さんと親交が深かった。

=2019/05/19付 西日本スポーツ=

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