学校がやばい…ピンチに燃える本格派エース枕崎・上野/鹿児島大会注目の球児

西日本スポーツ

初の甲子園出場に燃えるエース上野 拡大

初の甲子園出場に燃えるエース上野

第101回全国高校野球選手権鹿児島大会組み合わせ 鹿児島大会過去10年の決勝

 第101回全国高校野球選手権鹿児島大会の組み合わせ抽選会が22日、行われた。70チームが参加して7月6日に開幕し、同23日に決勝が行われる予定。甲子園初出場を目指して燃えているのが、昨秋、今春の鹿児島大会8強で、左腕の上野倖汰(3年)を擁する枕崎だ。昨秋に左肩を痛めた上野がキャッチボールを再開したのは今年4月だが、急ピッチで調整して夏をにらむ。学校がある枕崎市が人口減少に悩む中、「街を盛り上げるためにも甲子園へ」とエースは意気込む。

 左肩痛に苦しめられた本格派のエースに笑顔が戻ってきた。上野は投げられる喜びを胸に抱き、鹿児島大会に向けて必死の調整を続ける。

 「早くいい時の感覚に戻したい。今はベストが10としたら6くらいでしょうか」

 上野が左肩に異常を覚えたのは、昨秋の鹿児島大会で8強入りした後の昨年10月ごろ。関節唇損傷に加え、靱帯(じんたい)まで痛めた。冬場は下半身とインナーマッスルの強化に努め、今年4月下旬にキャッチボールができるまでに回復。今は週2回の1日200球の投げ込みなどと土日の練習試合をこなして急ピッチで仕上げている。

 夏に熱くなる大きな理由がある。学校は地元枕崎市の人口減少とともに生徒数減に歯止めがかからず、2000年ごろに約600人いたのが今は145人(うち野球部員は43人)。「空いている教室がたくさんあります。強くなって勝てば、生徒がやってくると思います」と上野は固く信じる。1980年代、栽弘義監督(故人)が沖縄水産を強くして、野球部員が増えると同時に生徒数も増加。同校を廃校の危機から救った例もある。

 4年前に再び枕崎の指揮を執るようになった小薗健一監督はエース以上の思いを持つ。「野球が続けられるかどうかも…。勝って生徒が来てくれれば」。小薗監督は以前枕崎を率いた時、96年秋の鹿児島大会と00年のNHK旗で優勝した経験を持つ。その手腕を買われ、学校から再び要請を受けた。

 上野は枕崎中3年時に県大会で準優勝し、強豪も含む5校から誘いを受けたが、迷うことなく枕崎を選んだ。「小薗監督と一緒に甲子園へ」との夢があったからだ。左腕は本調子でなくても、それをカバーする気持ちがある。 (森本博樹)

 

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