女子バスケ界に新ヒロイン 林咲希、最多得点で堂々MVP

西日本スポーツ

 2020年東京五輪で初のメダル獲得を目指すバスケットボール女子日本代表に「新ヒロイン」が誕生した。5月31日と6月2日に水戸市で行われた国際強化試合で、代表初選出となった24歳の林咲希(JX‐ENEOSサンフラワーズ)は2戦とも途中出場ながら、得意の3点シュートを次々と決めるなど最多得点の大爆発。2連勝に導き、堂々のMVPに輝いた。福岡県糸島市出身のシューティングガードが、今後本格化する代表争いを勝ち抜き「東京の星」になる。 (西口憲一)

■得意3点シュート

 新戦力がコート上で躍動した。世界ランキング10位の日本が同16位のベルギーを連破した国際強化試合。林は代表デビューとなった第1戦(91‐75)で19得点。厳しいマークを受けた第2戦(84‐71)でも17点を荒稼ぎし、フロックではないことを証明。外からのシュートとスピードを重視するホーバス監督の起用に応え、計10本の3ポイントシュートを決めた。

 所属チームのJX‐ENEOSはWリーグの強豪。「練習も含めて一番レベルの高いチームでもまれている」との実感とは別に、11連覇を決めた今年3月3日の試合でも林は出場機会に恵まれなかった。それでも運命は分からない。その2週間後、日本代表を本格的に選んでいく前の「発掘」を主目的とした若手主体の選考会に招集された。

 「参加した十数人の中で年齢は上から2番目。ぎりぎりのラインだったのでは」。ボールをもらったりシュートを打ったりする前の動き、つまり得点につながるプレーを首脳陣に評価されて代表入りした。「高校ではリング下でプレーすることが多く、3ポイントは1試合で数本打つか、打たないか。でも、高校で監督や先輩から『自分のリズムで打ちなさい』と教わったおかげでシュートの基本ができた」と感謝の気持ちを忘れない。

 「希望が咲くように」と名付けてくれた父親の豊樹さんが2年前の8月25日、病のため53歳の若さで亡くなった。林は銀メダルを獲得したユニバーシアードに女子日本代表として出場中で大会開催地の台湾にいた。林にとって豊樹さんは父であり恩師。雷山小2年時に入部した「雷山ミニバスケットボールクラブ」の監督が豊樹さんだった。

 「どちらかというと、静かに温かく見守ってくれている感じでした。今もそういう気がして…」。もうすぐ七夕。小学校のとき、林は短冊にこんな願い事を書いた。「プロバスケットボールの選手になって、オリンピックに出たい」‐。手が届くところまでやってきた少女の夢。「(活躍した)ベルギー戦はもう過去のこと。次の試合に向けて、今やるべきことに集中するだけ」。現時点で決まっている女子日本代表の次戦は8月24、25の両日に行われる国際強化試合の台湾戦だ。会場は東京五輪と同じさいたまスーパーアリーナ。「父の命日ですから」との短い言葉に決意がこもった。

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