ドラフト1位・松本(上)「運命の扉」を開かせた兄の存在

西日本スポーツ

2015ルーキーズ ドラフト1位・松本裕樹(上)

 工藤監督率いる新生ホークスは今秋のドラフトで5選手、育成枠で8選手を指名しました。リーグ連覇はもちろん、球団史上初の連続日本一を通過点に常勝軍団への進化を図ります。ホークスの未来を切り開くルーキーたち。本紙ではきょう3日から彼らの生い立ちや野球との出合いを紹介します。第1回はドラフト1位の松本裕樹投手(18)=盛岡大付=の登場。タカの「エースナンバー」を背負う最速150キロ右腕が羽ばたきます!

 期待と不安、そして感謝の思いで胸がいっぱいになった。10月23日のドラフト会議当日。盛岡大付高の教室で松本は運命の瞬間を迎えた。「家族も喜んでくれていると思う」。福岡ソフトバンクの1位指名を受け、これまで支えてくれた家族の顔が浮かんだ。

 自分が受け継ぐことになった背番号「66」を着けた斉藤和巳(本紙評論家)がホークスに入団し、後に憧れの存在となる松坂大輔が横浜高に入学した1996年。3162グラムの元気な男児が誕生した。兄の健太が2歳になった2日後、4月14日のことだった。

 母・末江(まつえ)が兄弟をこう説明する。「裕樹にとって、健太は常にライバルでした」。末江に「お兄ちゃんと呼びなさい」と諭されても意に介さず、「健太」と呼んだ。横浜市で生まれた裕樹は、幼稚園で兄と同じ軟式の「南瀬谷ライオンズ」に加入。1年生になった兄が野球を始めると、裕樹も「やりたい」と両親にせがんで小さな野球選手が誕生した。チーム唯一の幼稚園児は最小サイズのユニホームでもぶかぶかだったが、兄の背中を追って「運命の扉」を開けた。

 最初のうちは買ってもらったグラブに砂を入れて遊ぶだけ。叱られてばかりいたやんちゃな少年は、兄に刺激されて秘めた才能を磨き始める。チームの練習後に100回素振りをした兄を見て、自分は150回。平然と「健太より多く振ったよ」と両親に報告した。小4時には、エースだった小6の兄と一緒に出場して中堅を守った。

 父・浩には野球経験こそなかったが、裕樹のプレーに才能を見いだしていた。「同級生たちと動きが違う」。小5秋には誰もが認めるエースに成長。裕樹の能力を見抜いたのは、父だけではない。「打者の打ち気をそらす投球ができる」。後に松本が「恩師」と呼ぶ硬式チーム「横浜瀬谷ボーイズ」の杉山千春監督だった。 (谷光太郎)

 =敬称略

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