ドラフト3位・古沢(下)ダル育てた若生氏から太鼓判

西日本スポーツ

2015ルーキーズ ドラフト3位・古沢勝吾(下)

 豪快な野球に心を奪われた。2011年春。友人と訪れた甲子園で準優勝に輝いた九州国際大付高の戦いを目の当たりにした。前橋育英戦で三好(現楽天)や高城(同DeNA)が本塁打を計4発放ち7-1で快勝。進学先を探していた古沢は強い衝撃を受けた。「すごいチーム。あの高校に進みたい」。甲子園から帰宅後、父智規にそう懇願。数日後には、父の運転で北九州を訪れた。

 初めての九州。九国大付の練習の活気に圧倒された。特に驚かされたのは柔軟体操だ。各選手が、力士がやるような股割りを平気でやってのけた。かつてダルビッシュらを育てた若生正広監督(現顧問)は古沢親子の訪問を笑顔で受け入れたが「うちに来たいならこのくらいは当然」と宿題を課した。

 滋賀に戻ってから毎日、風呂上がりに父と30分前後のストレッチを欠かさなかった。股割りができるようになると、柔軟性が増した成果で打撃力も向上。ボーイズリーグの日本代表にも選ばれ、4番を任されるまでに成長した。

 強豪校から誘いを受けたが、自ら希望した九国大付入学。1年秋から遊撃の定位置をつかんだ。3年夏の福岡大会では7試合で2本塁打を含む打率・481、13打点。チームを甲子園に導く原動力になった。甲子園では初戦で超スローボールを武器とする西嶋擁する東海大四に1-6で敗れたが、古沢はあらためて適応力の高さを証明している。古沢は1打席目に外角直球を見逃して三振に。若生監督から「あのコースを見逃したらだめだ」と叱られると、3打席目で同じ球を右翼線にはじき返し二塁打にした。

 「スピードに慣れれば、プロでも活躍できる」。当初は古沢に大学進学を勧めていた若生監督は高校3年間で成長と潜在能力に太鼓判を押す。ホークスでは二塁に挑戦することが決定。第二の故郷となった九州、福岡でプロとしての高みを目指す。 =敬称略

 (永松幸治)

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