福島で東京五輪先陣 ソフト宇津木監督の悲願と使命
東京五輪で日本選手団の先陣を切って登場するソフトボール女子日本代表の宇津木麗華監督は、北京五輪以来となる金メダル獲得の期待を担う中で令和を迎えた。
生まれ故郷の中国から昭和に来日。選手や指導者として平成を駆けた。一度は五輪から除外された期間の苦しさを知るからこそ、選手には日本代表として五輪で戦う意味や価値を問い続ける。東京五輪を「競技人生の集大成」と言い切る宇津木監督が思いを語った。
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練習試合で滋賀にいた私が震災の発生を知ったのは、京都に向かう途中だった。2011年3月11日。JR京都駅で電車を降りて、映像を見たら、街が巨大な津波にのみ込まれていた。「人生って一体何?」「人間って何て無力なの?」。言葉は適切ではないけれど「死ぬ」って、一瞬。こんなに悲しいことはない。
お金で支援することはできる。でも、それ以上に大切なものや尊いものもきっとある。スポーツの意義がそこにある。最初に日本代表監督に就いたのが11年。代表監督2度目の今回、復興五輪の象徴として福島で開幕戦に臨むにあたり、一人の日本人として勝利の味をかみしめたい。何よりも被災地の方々に「日本人で良かった」「生まれてきて良かった」と心から感じていただきたい。
観客席から「ニッポンコール」が湧き、皆さんが肩を抱き合って喜ぶ姿を時々想像する。選手には、多数の競技がある中で先陣を切ることができる日程に感謝しようと伝えた。使命も忘れてはいけない。「福島」と「東北」を世界中に発信すること。ソフトボールは東京大会後に五輪の実施競技から再び外れる。浮沈の波に翻弄(ほんろう)されながらも希望を失わなかった選手たちと、被災地の姿を届けたい。
6月にあった本年度最初の国内合宿直前に、東京五輪まであと「413日」だと知った。ふと頭に浮かんだのが、北京五輪での「上野の413球」だった。上野は心身をすり減らしながら一球一球を投じて金メダルに導いた。私も一日一日を無駄にせず、準備に専心していこうと誓った。「生きていて良かった」と、日本中の皆さんと心を重ね合わせるために。 (ソフトボール女子日本代表監督)
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宇津木 麗華(うつぎ・れいか)1963年6月1日生まれ。中国・北京市出身。元中国代表。88年来日、95年日本国籍取得。現役時代は内野手で日本代表の主砲、主将として活躍し、シドニー五輪銀メダル、アテネ五輪銅メダル。2003年に日立&ルネサス高崎(現ビックカメラ高崎)の選手兼任監督就任。04年に現役引退後は11年から15年まで代表監督を務め、12、14年の世界選手権優勝。16年11月、再び代表監督就任。群馬女子短大を聴講生として卒業。右投げ左打ち。




























