ドラフト5位・島袋(中)「高校生には打てない」恩師の期待超え快挙

西日本スポーツ

2015ルーキーズ ドラフト5位・島袋洋奨(中)

 沖縄・興南高在学中に4度、甲子園の土を踏んだ。記録に彩られるエース島袋。「入ってくる前は、あまり期待してなかったんだよね。軟式出身だったし」。監督の我喜屋優は懐かしそうに当時を振り返った。強打の真栄平大輝(明大)や我如古盛次(立大)、島袋の女房役となった山川大輔(沖縄電力)…。高校入学時の期待値は、他の選手の方が高かった。

 島袋にはある決意があった。「1年生から試合に出る」。嘉数中時代は軟式野球部。3年夏は県大会で早々に敗退と実績は残せていなかったものの、沖縄独自の「ジュニア育成会」で基礎はできていた。軟式、硬式を問わず、野球部の活動を終えた生徒が地区ごとに集まり、硬式球で練習や試合をする。小学生時代は同じ軟式チーム、中学では硬式を選んだ親友の慶田城開ともバッテリーを組み、硬式仕様のリリース感覚を身に付けた。

 慶田城とともに進んだ興南高。入学直後、我喜屋の島袋に対する評価はブルペンで一変した。170センチの小柄な体をひねり、全身の力をボールに伝えるトルネード。「真っすぐのスピンがとてもきれい。高校生には打てない。上級生も同じ意見だった」。1年生から経験させることを決めた我喜屋は、夏の沖縄大会で背番号17を与えた。

 入学前の決意は、まもなく自信に変わった。夏の沖縄大会、選抜大会覇者の沖縄尚学との準決勝に先発。憧れだった東浜巨(ソフトバンク)との“初対戦”で、敗れはしたものの8回4失点と食い下がった。「偉大な人と投げ合えた。自分の自信にもなりました」

 以降、2年春からエースとして4季連続で甲子園へ。2年春は富山商との初戦で延長10回19奪三振の力投も実らず、同夏は今宮健太(同)擁する明豊(大分)に打ち崩され、またも初戦で涙を流した。「体力不足で負けた」。秋、冬と徹底的に下半身を強化。ツーシームなど球種も増やし、翌2010年に紫紺と深紅の優勝旗を沖縄へ持ち帰った。史上6校目の快挙だった。 =敬称略

 (谷光太郎)

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