ドラフト2位・栗原(上)幼少からまとめ役 きっかけは「おやつ」

西日本スポーツ

2015ルーキーズ ドラフト2位・栗原陵矢(上)

 今秋の野球18U(18歳以下)アジア選手権。世代のトップが名前を連ねた日本代表の中心に、栗原がいた。試合前は「思い切ってやろう」といつもナインを鼓舞。2011年大会に続く連覇こそ逃したが、主将として準優勝に貢献した。

 1996年7月、福井市生まれ。体重3240グラムの男児はすくすくと成長し、中学時に在籍した硬式チーム、春江工高硬式野球部で主将、森田中では生徒会長と、どこへ行っても人をまとめる役割を任されてきた。母のルミが明かす。「きっかけはおやつなんです」

 保育園のころ、昼食後のおやつの時間。先生は子どもたちがきれいに整列しないとおやつを配ってくれなかった。「早く並ぼうね」。そう言って率先して動いたのが栗原だった。本人は「覚えていない」というが、無意識のうちにリーダーの自覚が芽生えていた。

 森田小1年で軟式野球を始めた。小4の秋になると見習い生として、硬式チーム「福井ブレイブボーイズ」に加入。ルールで小学生は試合には出られなかったが、既に明確な目標があった。「プロ野球選手になる」。そのために、中学生に交じって実力を磨いた。

 軟式時代からポジションは遊撃手。しかし中1の秋に捕手転向を告げられた。「なぜ、急に」。当初抱いた戸惑いはすぐに消えた。「一人一人の顔が見えるから、それぞれの表情や状態が把握できる」。グラウンドにいる9人中、1人だけ他の選手と向き合って守ることに魅力を感じた。

 転向を告げたブレイブボーイズ監督の南博介が振り返る。「野球を広い視野で勉強してほしかった。走って打って守れるこれまでにない捕手になってほしかった」。最初は上級生に遠慮がち。それでも徐々にリードに慣れ、上級生の投手がサインに首を振っても「この球には意味がある」と要求した。中3になるころには福井県で屈指の捕手に成長。そんな栗原が進学したのは無名の公立高校だった。 =敬称略

 (永松幸治)

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