起こせ!がばい新風-佐賀北 甲子園へ(上)不協和音を成長に変え
佐賀北の球児がグラウンドを走り始めると、監督室で久保貴大(30)は山積みのA4ノートと向き合う。部員53人から練習前に渡された交換日誌に、部長らと手分けして返事を書く。
「野球以外の考え方も分かる」と久保。野球の理解度だけでなく、選手の性格も読み取れる。1時間かけて丁寧に答えることで選手との距離を埋めてきた。
佐賀北は2007年、県大会のノーシードから強豪校を次々に倒し、逆転満塁弾で決勝を制して甲子園で初優勝。地方公立高の快進撃は「がばい旋風」と称され、最後のマウンドに立っていたのがエースの久保だった。
10年後の17年、教師となった久保は、夏の大会後に身を引いた恩師の百崎敏克(63)から監督を受け継いだ。「監督として母校を甲子園へ」。その一心だった。
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監督としてチームの指揮を執るのは初めて。昨夏の県大会1回戦で敗れ、秋季の大会も初戦で姿を消した。がばい旋風から10年余り。甲子園全7試合で粘り強い投球をみせた久保の勇姿は選手の目に焼き付いてはいない。継投やスクイズなど監督の久保の采配を巡り、不満が漏れ始めた。「本当に勝つ気があるのか」「百崎監督に戻ってほしい」
監督と選手との間に生じた不協和音。久保は恩師の百崎に相談した。「生徒の勝ちたい気持ちに応えられないのが、つらい」。そんな苦悩を抱えていた。
百崎の目には「寡黙で、器用ではないが、一生懸命やるタイプ」と映る久保。高校時代も一つの球種を覚えるのに時間がかかったが、諦めなかった。野球への姿勢は監督になっても変わらない。交換日誌で選手と心を通わせ、コツコツと野球を学び直した。
部内試合が主だったが、強豪校との対外試合を増やした。遠征先から帰るバスでは選手が寝静まる中、采配の反省点をノートにまとめた。公立ながらも全国上位の県外の高校に出向いて指導者に教えを請うた。
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頂点を知る久保のひたむきさに気づいたのは主将の小野颯真。「勝つためには何でもするという監督の努力が伝わった」。今春の公式戦で初戦で敗れると小野はミーティングで選手に呼び掛けた。「監督に責任を押しつけず、自分たちが変わろう。監督を信じよう」
監督の指示を待たず、選手自ら実戦を意識して練習するように。スコアやアウトカウントを一球ごとに設定し、バットを振った。
5月の佐賀市長旗大会で優勝。夏の大会ではノーシードから頂点へ。エースの川崎大輝は「今大会で監督の采配に不満を言う選手はいなかった」と振り返る。
「甲子園で監督に勝利をささげたい」と小野。選手たちの思いは一つだ。
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佐賀北は6日開幕の第101回全国高校野球選手権大会に県代表として挑む。がばい旋風から12年。甲子園で優勝を経験した監督と、その熱を知らない選手たちは新たな風を巻き起こすのか。(敬称略)






























